昭和のアルバム

シリーズ連載

下条仙之山の茅葺き民家の生活③

(中町家自宅/平成5年)

十日町市下条為永 中町保夫さん(昭和5年生れ)

 下条の山間部、仙之山で平成5年に中町保夫さんが撮影した自身の生家。茅屋は風雪から家族を守るだけではなく、家畜や蚕を飼い、縄ないや俵編みなどの農作業をする場所でもあった。

 母屋の左側から突き出た部分は「前中門」で外玄関と馬屋、内玄関、便所があり、それに続く母屋には農作業もする板敷の部屋「にわ」には、にわジロ(囲炉裏)がある。にわの右側には茶の間(ここにもジロがある)、座敷の「つぎのでい」と床の間を設けた奥座敷「奥のでい」がある。母屋の後方は「後ろ中門」で「みっちょ」(水所=台所と風呂場)と寝室があった。水道がない時代、生活用水は裏手の斜面に横穴を掘り、そこから湧き出た水は傾斜を利用してみっちょまで引き、かけ流しにして利用した。地面を掘る井戸と違い、汲み上げる労力が不要で便利だった。写真の母屋と前中門の屋根の継ぎ目は濃い茶色になっているが、両方の屋根から雨水が流れて茅が傷みやすいので、その部分だけ杉皮を重ねて葺く。その部分はダキといった。「雪下ろしは屋根の頂点(トタン部分)のグシから行う。板葺きやトタン葺きの屋根は下から上に向かって雪を下ろすが茅屋は反対。下ろした雪は締まって固く、片付けは重労働だった。雪掻きなどという生易しいものではなく家を掘り出す『雪掘り』だった」と語る。

 茅葺きの家の屋根裏は貯蔵庫で、ジロで焚く薪と冬場に牛や馬に食べさせる干草、屋根の葺き替えに必要な茅なども蓄えていた。

(2020年11月21日号掲載)

下条仙之山の茅葺き民家の生活②

「いなだき」は平安時代発祥で子の将来を祝福

(十日町市博物館所蔵写真/昭和29年頃)

十日町市下条為永 中町保夫さん(昭和5年生れ)

 写真は昭和29年頃(1954頃)下条の山間部、仙之山で大晦日に行われた「いなだき」の様子。父親が持つ四角いお盆には、お供え餅と勝栗、昆布が乗せられ、男の子は手を合わせている。

 中町保夫さんは「いなだき」を頭上や物の一番上の「頂」と、物を貰った時の謝意「戴き」を表すものと推測する。古語では「いただき」と「いなだき」は同義語。写真の男の子は健在で「いなだきをする時、床の間の前に座れと言われたことを覚えている」と中町さんは聞いた。中町さんの妻、アイさん(昭和8年生れ)は下条の平場、下山出身で「大晦日の晩、家族がお膳に着いてから歳の若い順にいなだきをした。お盆には米とスルメ、勝栗、干し柿が盛られていて、頭上に捧げられると柏手を打って手を合わせた」と思い起す。

 中町家では大晦日にしめ飾りを玄関と年取り神様、先祖代々の御霊様、台所の水神様など6か所に張った。食膳には農家がめったに食べられない鮭の切り身、芋と昆布、コンニャク、小さく切った鮭が入った煮物「オヘラ」、大根なます、澄まし汁などが並んだ。除夜の鐘が鳴る少し前に男たちは村の鎮守へ初詣。「女たちはその間、雑煮をして待っており、初詣から戻ってくると雑煮餅を食べる夜中の朝めしだった」と言う。小正月は子どもたちが豊作を願う鳥追い洞(ほんやら洞)を作る。夜はその雪洞で過ごしてから、他の鳥追い洞と対抗する恒例のケンカ。翌朝は藁とボイ(細枝の薪)で作った山としめ飾りを焼くサイノ神。厄年の者は厄払いの人形(ひとがた)も焼いた。

(2020年11月14日号掲載)

下条仙之山の茅葺き民家の生活①

(十日町市博物館所蔵写真/昭和30年頃)

十日町市下条為永 中町保夫さん(昭和5年生れ)

 写真は昭和30年頃(1955頃)に撮影された下条の山間部、仙之山のある一家の食事風景。年寄り夫婦と若夫婦、子ども二人が写る。仙之山出身の中町保夫さんは「真ん中の父親の弟は、私の1歳年上で子どもの頃はよくその家に行き、元気に遊んだ仲だった。右側の幼い男の子は今は60代で仙之山に住んでいて健在でいる」と言う。

 めいめいに食器を乗せている台は蓋付きの箱膳で、家族は三升炊きの釜と汁物の鍋、おかずを囲んで食べる。「男の子の脇の皿は魚の切り身のようだ。戦争が終わって大分経ってからホッケを食べた記憶があるが、農家が魚を口にすることはめったなかった」と振り返る。副食が少なく肉体労働をするため米を多く食べた。家族構成で違いはあるが、中町家では朝、二升の飯を炊いて朝と昼に食べ、夜は一升を炊いた。「私はご飯を2杯食べ、シンノミ(汁の実)をたっぷりと入れた具沢山の味噌汁をおかわりしていた。油で具を炒めてから煮たケンチン汁はごっつぉ(ご馳走)の部類だった」と思い起こす。食べ終わると飯茶碗に湯を注ぎ、漬け菜(野沢菜漬け)などで飯粒を撫でてきれいにし、次いで汁椀にその湯を移し、最後は皿にお湯を少し入れる。すすいだ湯はすべて飲み干して食べ物は一切無駄にしない。食器は箱膳にしまい蓋をして片付ける。「今の人が聞けば汚いと思うかもしれないが、当時はそれが当たり前で、食器は60日に一度の庚申の日に洗う。抵抗力も付き、食中りもせず皆が丈夫だった」と笑う。

(2020年11月7日号掲載)

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