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コロナ禍の余波、キャンプ人気

 コロナ禍での行催事の開催は、相当なる難しさだ。1ヵ月後に迫る東京オリンピックは有観客を決めたが、今後の感染拡大で非常事態宣言が出た場合は、無観客になるなど不安材料を抱えたまま、五輪の輪が陸上競技場の空に描かれる。

 その不安定状態はここ妻有でも同じ。同じ時期に開幕を予定した大地の芸術祭・第8回展は早々に4月に延期を決めた。十日町市の夏の祭典、おおまつりは祭事以外の中止を決めた。一方、同じ時期に開催の津南まつりは記事の通り「まつりウィーク」という名称に変更し、従来の華々しい民踊流しなどイベントは行わず、街メインストリートで「まつりの雰囲気を演出」する企画が決まった。コロナ禍、それぞれの夏に向かっている。

 一方で人気が増しているのがアウトドア関係。キャンプ場の予約入込は順調で前年を上回る状況という。東日本最大級のサイトエリアの無印良品・津南キャンプ場はリピーターのほか、コロナ禍での需要が高まり、夏休み期間の予約は順調に伸びている。アウトドアメーカー・スノーピーク監修の松之山・大厳寺キャンプ場、清田山キャンプ場は整備が完了し、ファミリーなどの予約が順調という。長野県境の信越トレイル沿いにある標高千㍍を超える野々海高原キャンプ場、さらに上信越国立公園内にある秋山郷・のよさの里キャンプ場も雄大な自然が人気を呼び、車で乗り付けができるため、コロナ禍での人気は増している。

 この夏は、昨夏とは違う、と感じる観光事業者は多いだろう。だが、新コロナ感染は予断を許さない状況だ。変異ウイルスの感染拡大が懸念され、すでに首都圏ではその脅威が具体的な数字として現れている。「地域経済」と一括りにするが、その内実は様々で、コロナ禍の影響の度合いは違うが、そのダメージは住民生活すべてに及んでいる。

 給付金、支援金、補助金、国県や市町村総動員での支援は、まだまだ必要だ。

ワクチン接種、集団免疫というが

 「集団免疫」という言葉が、頻繁に使われている。新型コロナウイルスの感染拡大でワクチン接種の有効性が言われ、接種による免疫保持者を増やし、新コロナへの免疫社会を作ろうという施策の一つ。妻有地域でもワクチン接種が進む。その一連の作業の流れを見ていると、ここまで書類・手続き・確認が必要なのかと素朴な疑問が浮かぶ。国外では「誰でも、いつでも、どこででも」と、接種希望者にワクチン接種を実施している国もある。17日の日刊紙にも「接種券は必要なのか」の疑問符記事が出ている。接種希望者がワクチン接種を受ける、それだけの作業を、なんとも複雑化している現状は、なんとも不可解である。

 医療従事者の献身的な努力なくして、新コロナ感染社会の救命はありえない。その医療看護は全面的に救命に集中されるべきで、予防接種という予防業務に人材も時間も奪われる現状は、新コロナ以外の疾患対応への影響が懸念される。感染症の防護は感染予防に尽きる。その第一がワクチン接種。ワクチン開発が進み、その接種の段階でなぜこうも煩雑さが増しているのか。希望制を取っている以上、恣意的は問題外だが、ある意味「自己責任」接種だ。  

 ただ今回のワクチンは非常にデリケートで、「無駄は許されない」という取扱い要注意のため、接種者数の把握、2回接種に必要な連絡確認体制など、そのために多くの職員が奔走され、煩雑さを増している。こうしたシミュレーションは相当繰り返し検証されたのだろうが、それにしても…である。

 集団免疫は限られた地域で達成しても、その効果は限定的だ。この国のトップは「加速するワクチン接種」と声高に言うが、感染症の専門家の医師集団の忠告には耳を貸さない。「五輪開催中に緊急事態宣言の可能性も」という。

 開催中止から無観客、さらに有観客へなし崩しに進む。自分の命は自分で守る、なんとも、むなしい国だ。

全国モデルめざす訪問看護ステーション

 訪問看護ステーションが来月15日、いよいよ開所する。当面看護師ら6人体制で臨み、夜勤など医療人材を確保し24時間体制をめざす。地域医療看護の拠点が誕生する。まさに『出向くケアと医療』が実現する意義は大きい。 

 新潟大寄付講座で十日町市医療福祉総合センターに常駐する菖蒲川特任教授、白倉特任助教の言葉から、妻有地域でのフィールドワークの濃さが分かり、来月開所の訪問看護ステーションは「全国のモデルになる」と話す。事実だろう。豪雪山間地を抱える妻有地域は、全国の難題を抱える地域事情の縮図であり、そこに『命の拠点』が誕生することは、様々な地域難題のケーススタディの場となる。全国の医療看護・福祉関係者の目が向くだろう。

 白倉・菖蒲川両氏の調査によると2030年に介護需要がピークに達すると予測する。さらに2015年比較では、2045年に十日町市人口は40%も減少するという。地域間格差、家族構成も大きく変わるだろう。住民同士の支え合いの困難性が予想され、それをサポートするのが『出向くケアと医療』、その拠点が訪問看護ステーション。訪問医療と共に訪問リハビリ、さらに精神科訪問看護にも取り組み、在宅ケアを全面的に支えていく拠点だ。

 スタート時は看護師3人、理学療法士、作業療法士、医療事務の6人体制だが、早期の24時間体制のためには夜勤など医療人材の確保が課題だ。その訪問看護ステーションを開設するのは県立看護専門学校が入る十日町市医療福祉総合センター。人材を育てる教育機関、その実習の場と共に人材を求める訪問看護ステーション、さらに隣接する県立十日町病院、この一体感は住民の大きな安心感になるだろう。

 市直営の訪問看護ステーションは、妻有医療圏をカバーすると共に、津南町の訪問看護ステーションと栄村診療所とも連携する。全国モデルの活動は、この広域連携こそ注目されるはずだ。

街のポスターの薄笑い

 カウントダウンが始まった。街に衆院選が近いことを告げるポスターが目立ち始めた。その異様さが目を引く。これまでの「事前ポスター」は政党トップとのツーショットが主流だったが、いまは違う。党首ではない女性現職とのツーショットだ。ここに9月想定の衆院総選挙の「内情」が見て取れる。

 「菅では勝てない」。政権政党はそう判断したのだろう。そのトップが司る政治で暮らす我々は、この「内情」をどう見たらいいのか。いや、その政権政党の矜持を疑う事態だ。名が知れる女性現職と並ぶ地元選出の候補予定者は、ここをどう考えているのか。

 迫る東京五輪。菅首相が頼りにする専門家会議の尾身医師は明言する。「この状態なら、普通はない」。新コロナウイルス感染拡大が続くこの国の「この状態」では、オリンピックは「普通はない」ということ。この五輪、なかなかややこしい事情があるようだ。主催はあくまでもIOC(国際オリンピック委員会)。開催国の権限は限られ、今回のように「開催の可否」の権限はIOCにあるという。開催国は場所と施設とお金を提供する、それだけとも取れる契約内容のようだ。8年前、「TOKYO決定」で交わされた契約内容の詳細は明らかにされていないが、連日の報道などから開催国の権限は極めて限られている現実が見えている。

 菅首相は東京五輪後、衆院選に打って出る構えだ。あと3ヵ月余。街のポスターはそのカウントダウンを告げている。事前ポスターを見て知人が話した。名が知られる女性現職とのツーショット、「自分の弱さの証しだ」と。「なぜ自分だけではダメなのか。もう、こういうだまし的な演出に有権者はあきあきしている。それが分からないなら、地域のことも、住民のことも分からないだろうね」。

 街のポスターの嘘っぽい笑み。新コロナは虚・実を浮き彫りにしている。有権者は見抜いている。

東京五輪、その複雑な思い

 それでも開催するのか…。大きな疑問符が、さらに大きくなっている東京五輪の開催可否。刻々と時間が流れる。「ここまで来ると止めるも地獄、開くも地獄」。JOC理事・山口香氏が取材に答えていた言葉は、東京五輪をめぐる現状を言い当てている。 

 一方で、淡々とスケジュールを進める聖火リレー。いよいよ6月4日、1年遅れで十日町コースをランナー14人が走る。その複雑な思いは記事の通り。ランナーの言葉によく出ている。1年前の高揚感から今に至る心境を語る。「本当に走っていいのか」に凝縮されている。「なぜ辞退しない」などと軽々に声を掛けられない思いを、それぞれのランナーは背負い、4日を迎えようとしている。このまま聖火リレーが実現するなら、走るランナーの複雑な思いを共有し、見守りたい。

 動き出したら止まれない、この国の典型がいま目の前で繰り広げられている。あの大戦の時もそうだったと歴史が語る。新コロナ発生時、他に優先すべき事があるとの忠告を無視し、号令一下で実施したアベノマスクもそうだろう。今度の東京五輪を、人の命に関わる新型コロナウイルスの感染拡大と並列的に語ること自体、その認識感覚に大きな疑問を抱く。「東京五輪は感染症に打ち勝った証し」と、最近でこそ言わなくなったが、いま目の前の真逆の現実を直視すべきだろう。聖火ランナーの思いは純真だ。その人たちの思いを盾に、開催を推し進めるやり方は許されるものではない。

 ワクチン接種が進む。本号に載る十日町出身のドイツ在住者からの寄稿は、日本の数ヵ月後を想起させる。だから大丈夫ではなく、優先すべきは何かを再考する必要性を示唆している。米国の日本への渡航禁止は大きなニュースだ。ここで五輪選手は別という区別化は、さらに重大な先例を作るだろう。

 誰が言い出すのか、誰も言い出さない、誰も言い出せない、のだろう。

「下足滝堤防問題」、追い風が吹いている

 中越地震を機に政治の道を志し、暮らしの安全・防災を自治体行政に据え、「自分を育ててくれたまちに恩返しを」。その真っすぐな思いで、25歳で被選挙権を得た2ヵ月後の津南町議選に出馬、現役大学院生で初当選した桑原悠氏。いま津南町長として町民の暮らしを守り、支え、行政運営している。その初志に合致する課題に直面している。「下足滝・堤防問題」である。

 2019年10月13日。千曲川・信濃川は過去最大の増水を記録し、流域各所で大きな水害を発生。国と長野・新潟は連携し、河川治水緊急プロジェクトを立ち上げ5年計画で河川改修に乗り出している。その一つが「下足滝堤防改修」。現堤防を3㍍かさ上げする計画。完成後の堤防の形がイメージできる丁張を見た地元住民、「でっかいなぁ。田んぼも相当つぶれる」。地元は今年1月、「堤防3㍍かさ上げで居住環境は大きく変わる。下足滝集落の6世帯の集団移転を求めたい」と要望書を花角知事あてに提出している。担当の十日町地域振興局や津南町と懇談し、さらに地元の思いを伝えている。今月9日、河川工学の第一人者・大熊孝新潟大名誉教授が現地を訪れ地元住民と懇談。「計画を変えるには地元行政と議会が動かないと。先ずは地元の思いが第一」。

 国や県は防災最優先で河川改修に取り組む。地元住民の思いを具現化するのは地元行政。県は「移転や集落内のことは津南町が取り組むこと」と明言。初志に「防災」を掲げ政治の道に入った桑原悠町長。ここは出番だろう。

 国交省は制度創設47年になる『防災集団移転促進事業』を昨年大幅に改定し充実した。対象を最低10世帯から5世帯に、移転先住宅用地取得の費用補助、移転者の住宅建設・土地取得経費補助、移転費用の経費補助など、国は「未然防災」に大きく舵を切っている。

 従来の事後の「災害復旧」からの大転換だ。下足滝の事業化は、確実に全国モデルになる。追い風が吹いている。

女性市議5人、市民は期待する

 劇的ともいえる選挙戦で選ばれた議員の十日町市議会が11日、スタートした。初顔合わせもつかの間、14日には初本会議。さらにいきなりの人事議案と新コロナ対策の補正予算。早々に選挙戦で訴えた「市民の声を…」の場が用意され、議員個々の資質が問われる場となった。その十日町市議会。女性議員の比率20・83%は、新潟県30自治体でトップの比率だ。女性市議5人は過去最多。それも初当選の1期から経験を積む5期まで幅広い人材が揃う。『十日町市議会・女性市議の会』の括りでも相当なる存在感がある。市民の期待と視線が集まっている。

 ジェンダー問題は、いまや公式の場は当然としても日常生活の中でも、問われる場面が増えている。こうして「女性市議」を取り上げること自体、それに触れそうだが、今回の改選で誕生した十日町市議会・女性議員5人は、やはり歴史的な史実として記したいし、その活動への市民の関心度は高い。

 先の市長選・市議選の有権者数は4万3555人。女性2万2293人、男性2万1262人。女性が1031人多い。ちょうど当選市議1人分ほど多い。この数字から見て「市民代表は定数の半分」いてもおかしくない。だが現実は2割ほど。この数字をどう伸ばすかは、今回議席を得た5人の女性市議の活動に託されている、といっては言い過ぎだろうか。無意味に群れる必要はないが、市政・市議会に不足しがちな「女性の視点」の代表であることには違いない。

 一方の押し上げた有権者。24人を当選させた有権者・市民は、当選はゴールではないと百も承知のはず。選び送り出した有権者も責任がある。これまでも「出しっぱなし」状態で、その後の市議活動には無関心の場合が多い。だが、それは当事者にとっても最悪状態だ。ここはしっかり市議活動のチェックを促したい。それが「議員を育てる」一番の近道であるから。

コロナ禍で何ができ、何をすべきか

 コロナ感染拡大が止まらない。今年も多くの行催事の延期・中止が予想される。今夏の第8回大地の芸術祭は延期が決まった。各地の祭事も例年通りの開催は難しいだろう。2年続きの「静かな年」になる可能性が高いが、こういう時の情報発信を考える時でもある。

 新たな要素が加わった清津峡渓谷トンネル。この連休も賑わいを見せ、今後も人気は続くだろう。連休中は完全予約制で対応した。今後、地域の行催事の開催の在り方の方向性を示す具体例にもなっている。コロナ禍での行催事は、その大前提が感染予防になっている現実は、今後も続くだろうし、行催事の在り方にも大きな影響を与える要素を持っている。

 一方で見えてきているのがワクチン接種による「免疫社会」。ワクチン接種が進むヨーロッパ諸国や中東などでは「グリーン・パス」を発行し、ワクチン接種者と未接種者を区別する社会が進みつつある。感染予防の社会づくりが、新たな分断を生む要因に感染予防対策がなっていることは、グローバルを求める国際社会の時代が招いた自己矛盾ともいえる。

 ワクチン確保の初動の遅れが指摘されるこの国だが、今夏以降は相当量のワクチン供給がされ、一般接種も早まる可能性を示唆する情報も流れている。妻有地域では4月から65歳以上の接種が始まり、順番待ちの状態だが、国方針では7月には65歳以上の接種を終了する方針という。連日の医療従事者の献身的な取り組みには感謝の言葉を重ね足りない思いだ。

 これまでの感染拡大の状況から見えてくる現実もある。感染から症状発症までの期間が問題だ。この「無自覚」の期間に感染が広がり、その連鎖が続いている。「ならば事前検査を徹底すればいい」というが、一斉のPCR検査もその一つだが、これは継続的に検査することが求められる。基本の基本、予防が第一だ。コロナは手ごわい。

1時間26分の言葉

 時折見せる笑みは安堵感か。力を込める厳しい表情は市政初の4期への挑戦者か。連日の快晴で日焼けした顔に、これから4年間の重責をにじませる。25日投開票で4選した関口芳史市長は一夜明けた26日、十日町記者クラブの会見に臨んだ。質問に答える言葉は、言葉が次の言葉を生むように湧き出て、1時間26分の会見となった。これまでの定例会見は30分から1時間ほど。4期目のスタート会見を踏まえても、異例の長さは、「語りつくせなかった選挙戦」によるものなのか、4期という「前人未踏」への挑戦者の姿勢なのか、その心情はこれから刻む時が実証してくれるだろう。

 「十日町市の歴史に残る大きな意義ある選挙だった」。直前まで無投票濃厚が漂った今回の市長選・市議選。その意味では市政の歴史に刻印される選挙だったが、コロナ禍を差し引いても、これは「地域力の低下」の証左ともいえる。「選挙は多様な民意の写し絵」などと形容されるように、改選が選挙戦になるかどうかは大きな意義がある。成熟社会には「安泰と停滞」が共存し、その先は下降傾向になる。「多様な価値観の混在社会」は泳ぎ回るマグロのように、常に新たな価値観を創り出し、新たな活動が萌芽する社会でもある。

十日町市はどうか。直前まで無投票の危機にあったなか、「それはダメだ」と手をあげた個人によって、辛うじて選挙戦になった。その個人は、実は市民一人ひとりであることを自覚することが、地域力につながる。

関口市長が1時間26分に込めた思いは、市民へのメッセージでもある。選挙戦で争点化した学校統合問題も、その一つだ。「ボールは地域にある」とするが、地域内不和が新たな地域問題を生み出している現実も語る。原発再稼働論議は「住民投票」を視野に入れる。さらに「次に託す4年間でもある」。この86分の言葉に込められたメッセージは、十日町市が歩み道でもある。

コロナ禍の市長選・市議選

 ついに飲食店感染が発生した。地域経済のダメージが心配される。新コロナ以降、飲食業界の落込みが際立つなか、全国の感染状況がここ妻有地域にも広がってきている現実が目の前にある。感染予防の徹底、何度も聞き、見た言葉だが、これを繰り返すしかないのが新コロナ対策の現実だ。これほど社会や医学が発達しても、できない事は出来ない現実を受け入れ、感染予防の徹底に、先ずは努めたい。

 市長選、市議選は明日いよいよ投票を迎える。コロナ対策を政策に掲げる候補が多いのは当然としても、「大地の芸術祭延期」は、その決定時期と協議のプロセスに疑問を抱かせる要素を含んでいる。「とおかまち市報4月10日号」は8、9ページの見開きで芸術祭を紹介し、今夏のメイン作品ともなる3拠点を先行情報として掲載している。この5日後、芸術祭実行委員会は本部会議を緊急的に招集し、翌日の本部会議で延期を決めている。「本部会議は実行委員会に代わる議決機関」となっているが、市長選告示を2日後に控えた時期の本部会議開催には、大きな疑問符が付く。これを世間では「争点ボカシ」という。

 一方で、「これが十日町の底力」と言われているのが市長選、市議選とも無投票が濃厚となったなか、「有権者の選ぶ権利を奪うもの」と直前に声をあげ、投票という行為による選ぶ機会を維持できたことは、地域力といっても過言ではなかろう。コロナ禍での選挙戦は大きな制限の中での取り組みで、候補選対の当事者、連日の街宣を視聴する市民も、あらぬ緊張感の日々だ。

 選ぶことは、有権者にとっては一票の責任を自覚することであり、投じられた候補は、その責任を受け止めることだ。市長選・市議選の同時選では価値観が分散してしまう感じだが、大切な4年に一度の審判だ。

 いよいよ最終盤。投票は未来の選択である。自覚した一票を。