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社説

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女性市議5人、市民は期待する

 劇的ともいえる選挙戦で選ばれた議員の十日町市議会が11日、スタートした。初顔合わせもつかの間、14日には初本会議。さらにいきなりの人事議案と新コロナ対策の補正予算。早々に選挙戦で訴えた「市民の声を…」の場が用意され、議員個々の資質が問われる場となった。その十日町市議会。女性議員の比率20・83%は、新潟県30自治体でトップの比率だ。女性市議5人は過去最多。それも初当選の1期から経験を積む5期まで幅広い人材が揃う。『十日町市議会・女性市議の会』の括りでも相当なる存在感がある。市民の期待と視線が集まっている。

 ジェンダー問題は、いまや公式の場は当然としても日常生活の中でも、問われる場面が増えている。こうして「女性市議」を取り上げること自体、それに触れそうだが、今回の改選で誕生した十日町市議会・女性議員5人は、やはり歴史的な史実として記したいし、その活動への市民の関心度は高い。

 先の市長選・市議選の有権者数は4万3555人。女性2万2293人、男性2万1262人。女性が1031人多い。ちょうど当選市議1人分ほど多い。この数字から見て「市民代表は定数の半分」いてもおかしくない。だが現実は2割ほど。この数字をどう伸ばすかは、今回議席を得た5人の女性市議の活動に託されている、といっては言い過ぎだろうか。無意味に群れる必要はないが、市政・市議会に不足しがちな「女性の視点」の代表であることには違いない。

 一方の押し上げた有権者。24人を当選させた有権者・市民は、当選はゴールではないと百も承知のはず。選び送り出した有権者も責任がある。これまでも「出しっぱなし」状態で、その後の市議活動には無関心の場合が多い。だが、それは当事者にとっても最悪状態だ。ここはしっかり市議活動のチェックを促したい。それが「議員を育てる」一番の近道であるから。

コロナ禍で何ができ、何をすべきか

 コロナ感染拡大が止まらない。今年も多くの行催事の延期・中止が予想される。今夏の第8回大地の芸術祭は延期が決まった。各地の祭事も例年通りの開催は難しいだろう。2年続きの「静かな年」になる可能性が高いが、こういう時の情報発信を考える時でもある。

 新たな要素が加わった清津峡渓谷トンネル。この連休も賑わいを見せ、今後も人気は続くだろう。連休中は完全予約制で対応した。今後、地域の行催事の開催の在り方の方向性を示す具体例にもなっている。コロナ禍での行催事は、その大前提が感染予防になっている現実は、今後も続くだろうし、行催事の在り方にも大きな影響を与える要素を持っている。

 一方で見えてきているのがワクチン接種による「免疫社会」。ワクチン接種が進むヨーロッパ諸国や中東などでは「グリーン・パス」を発行し、ワクチン接種者と未接種者を区別する社会が進みつつある。感染予防の社会づくりが、新たな分断を生む要因に感染予防対策がなっていることは、グローバルを求める国際社会の時代が招いた自己矛盾ともいえる。

 ワクチン確保の初動の遅れが指摘されるこの国だが、今夏以降は相当量のワクチン供給がされ、一般接種も早まる可能性を示唆する情報も流れている。妻有地域では4月から65歳以上の接種が始まり、順番待ちの状態だが、国方針では7月には65歳以上の接種を終了する方針という。連日の医療従事者の献身的な取り組みには感謝の言葉を重ね足りない思いだ。

 これまでの感染拡大の状況から見えてくる現実もある。感染から症状発症までの期間が問題だ。この「無自覚」の期間に感染が広がり、その連鎖が続いている。「ならば事前検査を徹底すればいい」というが、一斉のPCR検査もその一つだが、これは継続的に検査することが求められる。基本の基本、予防が第一だ。コロナは手ごわい。

1時間26分の言葉

 時折見せる笑みは安堵感か。力を込める厳しい表情は市政初の4期への挑戦者か。連日の快晴で日焼けした顔に、これから4年間の重責をにじませる。25日投開票で4選した関口芳史市長は一夜明けた26日、十日町記者クラブの会見に臨んだ。質問に答える言葉は、言葉が次の言葉を生むように湧き出て、1時間26分の会見となった。これまでの定例会見は30分から1時間ほど。4期目のスタート会見を踏まえても、異例の長さは、「語りつくせなかった選挙戦」によるものなのか、4期という「前人未踏」への挑戦者の姿勢なのか、その心情はこれから刻む時が実証してくれるだろう。

 「十日町市の歴史に残る大きな意義ある選挙だった」。直前まで無投票濃厚が漂った今回の市長選・市議選。その意味では市政の歴史に刻印される選挙だったが、コロナ禍を差し引いても、これは「地域力の低下」の証左ともいえる。「選挙は多様な民意の写し絵」などと形容されるように、改選が選挙戦になるかどうかは大きな意義がある。成熟社会には「安泰と停滞」が共存し、その先は下降傾向になる。「多様な価値観の混在社会」は泳ぎ回るマグロのように、常に新たな価値観を創り出し、新たな活動が萌芽する社会でもある。

十日町市はどうか。直前まで無投票の危機にあったなか、「それはダメだ」と手をあげた個人によって、辛うじて選挙戦になった。その個人は、実は市民一人ひとりであることを自覚することが、地域力につながる。

関口市長が1時間26分に込めた思いは、市民へのメッセージでもある。選挙戦で争点化した学校統合問題も、その一つだ。「ボールは地域にある」とするが、地域内不和が新たな地域問題を生み出している現実も語る。原発再稼働論議は「住民投票」を視野に入れる。さらに「次に託す4年間でもある」。この86分の言葉に込められたメッセージは、十日町市が歩み道でもある。

コロナ禍の市長選・市議選

 ついに飲食店感染が発生した。地域経済のダメージが心配される。新コロナ以降、飲食業界の落込みが際立つなか、全国の感染状況がここ妻有地域にも広がってきている現実が目の前にある。感染予防の徹底、何度も聞き、見た言葉だが、これを繰り返すしかないのが新コロナ対策の現実だ。これほど社会や医学が発達しても、できない事は出来ない現実を受け入れ、感染予防の徹底に、先ずは努めたい。

 市長選、市議選は明日いよいよ投票を迎える。コロナ対策を政策に掲げる候補が多いのは当然としても、「大地の芸術祭延期」は、その決定時期と協議のプロセスに疑問を抱かせる要素を含んでいる。「とおかまち市報4月10日号」は8、9ページの見開きで芸術祭を紹介し、今夏のメイン作品ともなる3拠点を先行情報として掲載している。この5日後、芸術祭実行委員会は本部会議を緊急的に招集し、翌日の本部会議で延期を決めている。「本部会議は実行委員会に代わる議決機関」となっているが、市長選告示を2日後に控えた時期の本部会議開催には、大きな疑問符が付く。これを世間では「争点ボカシ」という。

 一方で、「これが十日町の底力」と言われているのが市長選、市議選とも無投票が濃厚となったなか、「有権者の選ぶ権利を奪うもの」と直前に声をあげ、投票という行為による選ぶ機会を維持できたことは、地域力といっても過言ではなかろう。コロナ禍での選挙戦は大きな制限の中での取り組みで、候補選対の当事者、連日の街宣を視聴する市民も、あらぬ緊張感の日々だ。

 選ぶことは、有権者にとっては一票の責任を自覚することであり、投じられた候補は、その責任を受け止めることだ。市長選・市議選の同時選では価値観が分散してしまう感じだが、大切な4年に一度の審判だ。

 いよいよ最終盤。投票は未来の選択である。自覚した一票を。