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社説

募集停止問題、「なぜ、なぜ」の大合唱

2020.6.27

 「津南中等、募集停止」。本紙第一報は大きな反響を呼んでいる。地元や県外から「なぜ、なぜ」の連呼だ。1年前、人口9300人余の小さな町にある中高一貫校から『東大現役合格2人』は、大ニュースで全国を駆けた。さらに新潟県内の国公立進学率の昨年度実績を今春発表した。津南中等の合格率60%は県トップ3という快挙。津南中等をめぐりここ数年の活躍を見た読者は、今回の県教委方針の「募集停止」に巨大な疑問符を掲げ、なぜなぜと、大合唱の声があがる。

 厳しく表現すれば「これが花角県政の限界性か」となる。県財政の困難性を昨年度公表し、「相当なる覚悟で臨む」と、その県財政の健全化への取り組み姿勢を示した。その要因に前県政運営の実態をあげたところで、それは県民が選択した県政ともいえる。ならば、厳しい県財政で、「なにが大切なのか。花角県政はなにを守るのか」の明確な姿勢がほしい。全県的な網羅主義の県政の時代でないことは、県民は理解している。だが、守るべきもの、伸ばすべきものは明確なはずだ。それは将来を担う「人材育成」だろう。それは教育である。自明の理だ。

「義務教育最後の中学、それに続く独り立ちする高校、この期間にどれほど多くの刺激を受け、感性を磨くか、その後の人生を決める」。その6年間を用意しているのが中高一貫校の津南中等。魚沼エリアで唯一の公立一貫校だ。その津南中等が、設置責任者の新潟県も驚く実績をあげている。その教育拠点を、入学者数という効率第一主義の尺度で見ての「募集停止」はあり得ない。新潟県の将来の人材を、ここ津南中等は育てている。過言ではない。

 保護者の言葉が印象深い。「津南中等の学生は、自分たちが難関大学に入れば、あの学校へ行きたいと入学者が増えることを期待し、頑張っている」。この学校をなくすようでは、新潟県の将来は、もはや期待できない。

県教委方針、「反対の大合唱を」

2020.6.20

 あまりにも唐突ではないか。昨年度の新潟県内公立高校の国公立大合格率60%の県立津南中等教育学校。新潟南67%、長岡63%に次ぐ県トップ3の津南中等校の募集停止は、あまりにもショッキングだ。「まだ決まったわけではない」、その通りだが、来週25日、県会総文常任委員会で提示される「県立高校等再編整備計画(3ヵ年計画)」に示される方針だ。その唐突感と共に、県教委の姿勢に強い反発を抱く。

 17日、県教委次長と担当職員が津南町を訪れた。その次長は津南中等校開校に尽力した当時の担当者とも聞き、なんとも運命のめぐり合わせを感じる。だが現実は厳しい状況だ。5年連続の定員割れ、通学エリアが限られ、今後も志願者増加が見込めないなど県教委方針を後押しする要因はある。だが、県立高校でトップ3に入る学業実績は、そのマイナス要因を上回る『大きな存在意義』だろう。大学進学率で全国レベルの下位にある新潟県にあって、それを底上げする原動力を津南中等はしっかり担い、さらにそれを客観的な数字で実現し、これ以上はない『存在価値』を具体的に証明している。

17日の県教委の津南町への説明内容は町議会に伝えられ、地域住民の知るところとなっている。だが当事者のショックは大きい。在校生、その保護者、さらに同校卒業生、さらにさらに来期、津南中等をめざそうと志す小学6年生。その影響は計り知れない。

 ショッキングな県教委の提示に対し、地元津南町はじめ津南中等の存在意義を共有する広域エリアの連携が求められる。だが先ずは地元津南町の動きだろう。開校時の小熊牧久校長の言葉が印象深い。『所得格差が学力格差を生んではならない』。住民所得が決して高くない妻有地域。『だからこそ、国公立合格者50%以上をめざす』。掲げた目標を実現している。

 「反対運動の狼煙(のろし)」を高く掲げよう。33歳若きリーダーの出番だ。

6月議会、それぞれの事情

2020.6.13

 今月は市町村議会の6月定例会。新型コロナウイルス対策議会といえる。ならば形式的ではない議会運営を望みたい。一般質問表題を見る限り「新コロナ一色」。集中質疑で、事の本質と課題・問題点の質疑はできないのか。質問者が違うだけで当局答弁内容はほぼ同じでは、時間の浪費になりかねない。もはや通告している以上、シナリオ通りの議会運営になるが、これほど新コロナ集中議会なら、「どうするか」を議会運営委員会は考えるべきだろう。

 十日町市議会は12日開会、津南町は17日。新村長の初議会となる栄村は15日開会。今議会は新コロナ以外で、相当なる関心を呼ぶ質問や議案審議がある。十日町市議会は1面記事の通り、公式の場では初ともいえる「JR東・宮中取水ダムの改築」が質疑になる。建設から82年が経過し、100年といわれるダムなど強度コンクリート構造物の耐用年数に迫るなか、昨年10月の台風19号の大増水は過去最大といわれる。改めてダムの耐久度が問われるなかでの改築論議となる。

 一方の津南町。10日の議会全協での副町長人事の町長発言が物議を醸している。今月末任期の現副町長の「言葉」を引用した形が、当の副町長は「言っていない」。議会は混乱状態にある。保育園増築問題が尾を引く議会と町当局の関係が、さらに険悪化している。人事案件はその時の「信任投票」でもあり、19日の議会決着に関心が集まる。33歳町長の試練は続く。

 新村長の初議会となる栄村議会。一騎打ちを大差で制した新人、といっても前村長時代の教育長は、今後の4年間の施政方針で何を語るのか。人口1760人余の村、リーダーの行政センスがすべてともいえる。

 新コロナで時間が止まっていたこの3ヵ月。感染予防が日常生活に入り込むなか、住民生活に直結する市町村行政の真価が、さらに問われている。それにしてもマスクは暑苦しい。

コロナ禍が表出した価値転換、「時代の逆を行く」

2020.6.6

 社会が動き出している。だが、北九州市、さらに首都圏繁華街の感染拡大は、『1波は収束』などという状況ではないことを物語る。先週末から国道の通行量が格段に増え、沿線の道の駅など観光拠点の駐車場は平時の様子に戻りつつある。「このままでは地域経済は詰んでしまう」、事業主の声は日ごと深刻度を増しているなかでの、人を含む物流の動きだ。「不要不急」「感染しない、させない」から、『生活の総点検』の時代に入った。その一つが「暮らしの価値転換」。すでに始まっているのが『脱首都圏』。人の過密が、人の生活にどう影響するか、コロナ禍が奇しくも描き出している。

 東日本大震災後、首都圏直下型地震の発生を怖れ、人口過密の地から、地方へと転居の動きが加速した現実を、我々は目にしている。同じ価値観を今度のコロナ禍で抱く人が増えている。移住・定住の先鞭になっている地域おこし協力隊は、市町村差はあるが今も希望数の増加が続く。コロナ禍はこの動きを確実に増している。

 ここ妻有地域。大地の芸術祭に象徴されるように、里山にひろがる集落は、「3密」とは縁遠い世界。人口減少が進み、空き家が増え、生活基盤であった農地の荒廃も進む。この「住環境」はまさに『脱首都圏』の向く先だろう。都市部で暮らす若い夫婦は「子育ては自然がいっぱいの中でしたい」。コロナ禍でその思いは倍加したはずだ。

 妻有の発信の好機と捉えたい。従来型の移住・定住策は、地域の魅力度をこれでもかと強調した。だが、コロナ禍で見えてきたのは『自然の中での当たり前の生活』だろう。太陽が昇り、陽が沈む、その自然サイクルそのままの生活ができる地、それだけで充分。その地が、ここ妻有だ。

 「時代の逆を行く」。効率から非効率へ、再編から維持へ、ここにコロナ禍が描き出したキーワードがある。

新コロナ、保育園・小中学校統合 再考迫る

2020.5.30

 「新しい生活様式」を、新コロナ対応は求めている。『3密』にならない生活スタイルという。ならば、先ず取り組むべきは保育園・小中学校の現場だろう。全国で進む再編統合、新コロナはこの再考を促している。

 妻有では、十日町市で小中学校再編整備を市教委が示し、住民説明会を経て議会論議の場に入っている。だが状況は市教委が示した時と大きく様変わり、3蜜解消に分散登校や時間差授業を行い、感染予防が学校生活に影響を与えている。津南町では保育園再編統合方針が出て、町中央部の拠点保育園を増築、将来的に「1園化」をめざす。町教委が示した時と、新コロナ感染拡大予防で3密解消対応に迫られる現実となっている。

 新コロナ感染拡大の中でも、少人数の小規模校では休校措置を長引かせず、広い校舎で余裕あるスペースで授業再開した自治体もある。そこには、一律的な学校統廃合に慎重に臨み、学校の必要性と地域の将来の在り方をしっかり議論した、その結果といえる。新コロナによる「新しい生活様式」は、これまでの効率とは真逆の「非効率性」が求められる場面が多い。つまり「時代遅れが、時代のトップランナー」になった結果ともいえる。

 この先、新コロナのワクチン開発が進み、インフルエンザ対応と同程度の疾患になる可能性はあるが、今回の新コロナで感染症のさらなる実態が明らかになってきている。それは、今後も人間にとって未知なる感染症ウイルスが発生するという事実だ。興味深い研究に、海底や地層には未知なるウイルスが存在し、それが地震による津波や断層で表出し、野生生物を介して人に感染する、そんなシナリオもある。

 根本から考え直す契機だろう。コロナ禍は社会の価値観を大転換させつつある。教育現場も同様。あるべき保育園・小中学校、新コロナが示している。

新コロナの「真の恐怖」とは

2020.5.23

 「3蜜」(密集・密閉・密接)は、新型コロナウイルス感染拡大のキーワードになっている。これを防ぐ「新しい生活様式」が感染予防につながると、緊急事態宣言解除後、行政機関は声高に進める。これは、これまでの「共生社会・連帯社会」にとって、まさに基本中の基本となる3蜜要素を大前提にした成り立ちである。それを防ぐ、そうした状態を作らない、これはこれまでの人間社会の在り方そのものの大改革につながる、ある意味での「危機」だろう。そこに今回の新コロナがもたらす「真の恐怖」があるように感じる。

 ゴリラ研究で知られ、人間社会のありようを「動物的視点」で検証する京都大・山極寿一学長が、新聞で述べている。『人間の共感社会は、身体の共感によって得られる』。『人間は700万年の進化の歴史を通じて、身体の感覚を通じた信頼関係の輪を作ってきた。その核にあるのは家族である。身体を共有する間柄であり、日常の身体的な接触とその記憶が欠かせない。ハグをいとわず、食事やベッドを共にする』。だが、新コロナにより『それはいま禁止されている。3蜜になりかねない。これが続けば、人間にとって共に生きる力を奪われ、個人がばらばらになってしまう』。

 山極氏はこの先の社会を危惧し、大きな警鐘を鳴らす。『これからはアバター(分身)やロボットが活躍する時代だ。汚染地域や災害現場だけでなく、日常社会で私たちは生身の身体を接触させる代わりに、代替物を通じて交流するようになるかもしれない。それは信頼という原資を直接触れ合うことで作ってきた社会から、距離を保ち、ゆるやかに共鳴する社会へと移ることを意味する。それに私たちの身体や心が耐えられるかどうか』。

 新コロナの「恐怖」は、その感染力と共に派生する「求められる社会変革」にある。いまの社会を築いてきた世代から、次代を担う世代へのバトンタッチは、かなり危うい現実の中にある。

新コロナショック支援、スピード感を

2020.5.16

 「これからが本番だ」。14日、緊急事態宣言が東京や大阪など除き、多くの自治体で解除された。医療関係者、自治体関係者の言葉から、その危機感が伝わる。休業要請に応え、夜間営業を止め、営業時間短縮などに取り組んでいる飲食業関係。「これ以上続けたら、看板を下ろすかどうか、そのものを考えなくてはならない」。夜間営業や通常時間の営業再開を始める飲食店も出ている。これに連動するように、人の動きが先週10日の日曜から目立ち始め、ここ妻有地域でも日中の通行量が増えている。まさに、「これからが本番」を感じる緊急事態宣言解除だ。

 違法性がない限り、個人の行動を制限する法律は、この国にはない。今回の新コロナでは「自粛」「要請」という「お願い」の域を出ない規制措置だが、それでも4月からの人の動きは、急激に少なくなり、人であふれる渋谷、新宿の様子を映像で見ると、このお願いを聞き入れ、従っている人の多さを物語る。この傾向は全国で見られ、14日の解除につながっていると見られる。

 だが、医療関係者が訴える危機感は、まさにこの解除後のこと。「即応できるワクチン体制もなく、PCR検査が容易にできる体制もなく、感染度合を示す陽性率の公表もなく、ここで解除したら、これまで以上に拡散のスピードが増す」。人が動けば、それに伴い当然感染リスクも増し、車社会ではそのスピードは相当速く拡散する。そこの危機感を訴えている。

 大きなダメージを受けている地域経済の支援に、地元行政が動き出している。『減収50%以上は高いハードル』。国の持続化給付金の給付基準だ。1月からの月単位の減収が前年同月比で50%以上が基準。関口市長、桑原町長とも「支援する」と自治体単独での給付金創設を示唆する。まさに緊急性が求められる取り組みだ。自治体トップの主導性を住民は注視し、その実行力を期待している。

自治体トップが見せ始めた国への不信

2020.5.9

 さながら自治体トップの「力量争い」の様相だ。新型コロナウイルス感染拡大予防で国は4日、緊急事態宣言の延長を決めた。これを受ける形で都道府県、市町村のトップが「独自の取り組み」を次々と打ち出している。最たるは大阪府の吉村洋文知事の「自粛解除の基準」発表。国の先を行く判断がついに登場、といえる。緊急事態宣言の延長を決めた国は、「あとは自治体の判断」とした。ここに今の政権の限界性を見た思いだ。

 「あとは自治体の判断」。つまり、この後に起きる事態は、自治体の判断によって発生した事、よって国に責任はない、と言わんばかりの態度だ。情けない国のトップではないか。あれほど必要性が当初から言われた「PCR検査」。少ない実態をようやく認めた専門家会議。ワクチンがない新しい感染症へのアプローチの差が、ここにきて悪しき前例として具現化している。

 大阪・吉村知事が示した「自粛解除の基準」は、一つの自治体だけで事が済む問題ではないことが明白だが、吉村知事があえて発表して背景は「国への不信」だろう。その後ろには、さらに不信感を増す国民がいる。緊急事態宣言の延長後に見せる自治体トップの取り組み姿勢の違いも興味深い。だが、新型コロナウイルスの感染拡大予防は、まずは国民一人ひとりの自覚にかかっているのは、何ら変わりない。

 県立十日町病院の吉嶺院長の言葉が印象深い。『この新コロナで、大都市集中の医療体制のあり方の見直しに迫られているのも事実。妻有のような高齢化で過疎化が進む地域で、新コロナを乗り切れれば、ゼロに抑え込めれば、相当なるインパクトとして強いメッセージの発信になる』。それは『都市と田舎・過密と過疎』の構図という価値観を大きく転換させるものになる。

 医療関係者の懸命な努力に敬意を表すると共に、妻有エリアから感染者を出さない、その気概を共有したい。

迫られる対応、コロナ禍が生む「格差」

2020.5.2

 価値観の転換、社会体制の見直しまで迫る新コロナ禍だ。コロナ感染症の発症前、昨年9月、国は全国の医療機関を名指しで再編統合を示し、新潟県はそれを受ける形で11月、県立松代病院など再編統合が必要とする病院名をあげ、地元行政移管を含め方針を示し、今年9月までに一定の方針を示すように求めた。だが、このコロナ禍。その示す方針とは真逆の「地域医療の重要性」が大きく、強く表出している。

 「命の砦」。山間豪雪地の妻有地方にとって、地元の医療機関は、まさにこれだ。そこの医師はじめ医療従事者は、命の救い手であり、住民の心の拠り所でもある。「妻有地域に感染者を出さない」取り組みは、医療機関と行政・住民の三者連携で懸命の努力が続く。その医療拠点の再編を、国や県は半年前に示し、ごり押しした。いまの深刻な状況から、その論議は「実情を見ない」論点による取り組みであり、事の重要性に気づいていない、その証左だ。

 今度のコロナ禍。思わぬ展開を表出させている。高校生のネット署名が全国に広まり、全国知事会でも国会質疑でも取り上げられた『学校9月入学制』。以前から構想として何度か表出し、立ち消えになっていたが、今回の急浮上は「等しい学びの場の補償」が怪しくなり、このままでは教育格差が生じる事態になる危機感が背景にある。

 テレワークというが、その環境下にある人はできるが、それを支える多数は非正規従業員という現実は、受け入れがたい。さらに、オンライン授業の導入は、義務教育での格差を生む温床になる。県立津南中等教育学校でオンライン授業の公開取材があった。地元津南町のトップも同席したが、同じ義務教育にある町立中学校の導入はこれから。十日町市も同様。コロナ禍で教育格差を出してはならない。

 今度のコロナ感染は、格差を生む温床を様々な場面に生じさせている。非常事態、その認識が真に問われている。

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