オピニオン.jpg

オピニオン

 

緊張感のある議会、物事が簡単に決まらない議会を

20年間の教訓

清津川に清流を取り戻す会・藤ノ木 信子

 20年前の9月11日、ニューヨークの世界貿易センタービルに旅客機が衝突炎上、ツインタワーが崩壊するという映画シーンのような衝撃映像が繰り返しTVで流れた。約3千人が犠牲になり、これから始まるテロリストとの戦いを予感して世界中が震撼した。その時、ある会でご一緒したH大学のO教授がこっそりと「この事件で一番嬉々としているのは誰だと思いますか? 難しい顔してるけどブッシュですよ」と言われたことをはっきり覚えている。どうしてやられた側の大統領が喜ぶのか…その時は解らなかったが、直後のアメリカを見ると理解できた。 ブッシュ政権は悲しみと怒りでいっぱいの国民に「団結せよ」と呼びかけ、大統領権限を強化するべく法を変えた。「やり返せ!」という報復欲に満ちた議会で「もっとよく考えよう」と反対意箕を述べたのはただ一人で、議論の余地なく大統領の判断でテロリストを攻撃でき、電話やメールの監視も合法になった。「アメリカは正義だ」と街中に星条旗が溢れた。 外の敵に対して民意はまとめやすく、感情的にできた強権力は方向を間違えやすい。軍はすぐに空爆を開始、ところがテロリスト個人への報復のはずがアフガニスタンという国への攻撃で民間人15万人の犠牲と多くの難民を生んだ。首謀者ビンラディンはパキスタン国境に逃亡、戦争の大義名分はテロへの加担疑惑になり、イラク戦突入、フセイン大統領の処刑。 

 その根拠だった大量破壊兵器は存在せず、空爆するほどアメリカへの敵視は強くなり報復の標的となる(もちろん同盟国の日本も同様)。そして先日のアフガンへのタリバン進行とアメリカ軍の撤退。この20年は本当に正義だったのか。そもそもはじめにソ連がアフガンに侵攻した時、タリバンやアルカイダに武器支援をして戦闘員に育てたのはアメリカではなかったか。

 さて、疫病や不況の閉塞感で先が見えない世の中になっているけど、この20年間を教訓に私たちがやれることは何だろうと考える。

 人は間違いをおこす生き物だ。一つの大政党ではなく拮抗した複数の政党を並べて、緊張感のある議会、物事が簡単に決まらない議会、多様な意見が反映される議会を選挙でつくる事だと思う。 権力を一点に集中させず、間違いがあればすぐ修正するために。内戦や紛争のある国を支援するなら、その国の文化や歴史・宗教を広く理解すること、生活基盤や医療・教育の支援をし、決して報復の連鎖をつくらないようにすることだと思う。

安倍・菅政治とは何だったのか

首相退陣に思う

自由人・斎木 文夫

 9月3日、菅首相は次の党総裁選に立候補しないと表明した。党役員人事の刷新、内閣改造、衆院解散、自民党総裁選先送りなどを仕掛けたが、党内反発を招いて、どれも封じられた結果だ。

 退陣の理由は「新型コロナウイルス対策に専念したい」。残り2か月、心を入れ替えてやりますって言われてもねえ。

 9月4日のTBS『報道特集』で、元総務相・片山善博氏は「菅内閣は『自業自得内閣』。身から出た錆、自分で撒いた種」と切り捨てた。

 「自分で撒いた種」のベスト4は、思うに…。

 第1に、新型コロナ対策の失敗。「GoToキャンペーン」、繰り返し唱えるだけの緊急事態宣言、ワクチン接種の出遅れ・混乱、五輪強行など。

第2に、取巻き以外の意見を聞かなかったこと。意に沿わぬ官僚の配転、学術会議の任命拒否。新型コロナでも「専門家の意見を聞いて」は大嘘で、国民の不安に寄り添うこともなかった。

 第3に、官僚をダメにしたこと。第2の結果として、優秀なはずの日本の官僚組織が、忖度、証拠隠し、書類改ざん、虚偽答弁にまみれた。

 第4に、発する言葉が冷たく、「真摯」でも「丁寧」でもないこと。どれも、アベ政治に共通することだ。「承継した」のだから、当然だが。

 「安倍・菅政治」は、数の力で、人事を掌握し、人と人の分断を深め、目先のことに暴走しただけで、国のめざす道を描き、それを国民に語り、導くものではなかったか。総裁選は、その検証からスタートするべきだろう。 こんな状況下で、申し上げたいことがある。

 第1に、自民党国会議員は、国会を開け。新型コロナ対策だけでも「しっかりと」やろうよ。公明党も黙ってないで。

 次に、新型インフル特措法に基づく臨時の医療施設を至急、開設してもらいたい。自宅療養が最も効率が悪いはずで、施設開設により、医療スタッフにも今よりゆとりが出るのではなかろうか。 また、素人考えだが、五輪に関わっていたスタッフにお願いできないのか。

 第3に、メディアは自民党総裁選一辺倒の姿勢を改めてほしい。まず、新型コロナの状況を取材し、伝えてもらいたい。自民党総裁、副総裁とも楽観的すぎて、大本営発表は信用できないから。

そして、コップの中の争いに夢中な自民党だけでなく、野党の動きも公平に伝えてほしい。

 衆院選は11月か。それまでに、自分たちで情報を集め、考え、悔いのない行動をしましょう。

 「なかにし礼」の思いを感じて

「人形の家」

元ゆずり葉編集委員・松崎 房子

 鎮魂の8月が終わった。折しもアフガニスタン情勢が一挙に戦争状態になった。逃げ惑う人たち・国外退去をしようと空港に殺到する人たち。おまけに野戦病院という言葉。戦場ではなくコロナの感染者が爆発的に増え、医療崩壊も時間の問題という日本。いやが上にも76年前の情景と重なる。

 お盆と言っても、時節柄、子ども達も誰も来ない夏。時間が出来たので以前に録画していたTV番組をやっと見た。昨年末82歳で亡くなった「なかにし礼」の遺徳をしのぶ追悼特別番組が3本録ってあった。

 その中でびっくりした歌があった。弘田三枝子が歌った大ヒット曲【人形の家】だ。 

 ご本人も、ご自分の作品について語った事はないとおっしゃっていたので、知らなくても不思議ではないのかもしれない。それとも知らないのは私だけ? 人形のように捨てられた失恋の歌だと、疑いもしなかった。棄民の歌だった。当時6歳だった礼さんは、満州から一家で引き揚げて来られたとか。6歳ながらも国から見棄てられたことが分かったという。

 

 『顔も見たくないほど嫌われるなんてとても信じられない

 愛が消えた今もほこりにまみれた人形みたい

 愛されて 捨てられて 忘れられ た部屋の片隅

 わたしはあなたに命を預けた…』

 

 孤児収容所で、栄養失調・蚤・虱にまみれて

転がされるように寝ている幼い子供たちの映像が

映し出される。

 私も一つ違いで終戦のときは5歳であったが、明確な記憶は少ない。何事にもぼーっとしていて昼行燈みたいだったから、当然のことだが。

 一応、満州にも行っていたのだけれど。沖縄に転戦して行った父が手配をしていてくれたおかげで、19年8月には帰国の船に乗ることができ、無事日本に帰ってはいたので、命がけで逃避行することはなかった。頭のでき、感性の鋭さの違いで致し方ない。

 歌に託して戦争の酷さ・理不尽さを伝えておられるのに敬服する。こんな伝え方もあるのかと思った。そういえば古関裕而さんも歌に残された。国策とはいえ軍歌をたくさん作ったこと、それをうたって多くの若者が死んで行った事を悔やまれたとか。その悔いを込めて『長崎の鐘』を作られたという。

 戦争は絶対いけないと、言葉にして語り続けなければ、思っているだけでは伝わらない。

マスク種類による大きな防御差

新型コロナ、デルタ株の感染力

会社員・村山 朗

 新型コロナウイルス感染が衰えを見せず、もうたくさんだ、とお思いの方も多いでしょうが、しつこく新型コロナウイルス(以下コロナ)の話です。コロナが変異を続けデルタ株が主流となって、当地でも毎日のように感染者が出ています。政府がなかなか有効な対策を打ち出せないことへの不満はひとまず置いといて、原点から振り返ってみたいと思います。

 コロナを含むウイルスは、遺伝子とそれを覆うたんぱく質でできています。そもそも生物と言えるものではなく、自己増殖することはできません。ウイルスが増えるためには生物由来のたんぱく質が必要です。それが生物の細胞です。つまり、ヒトを含む生き物にくっついている状態でしか増殖しないのです。

 体内からウイルスを含んだ鼻水、唾液、痰などの飛沫が、くしゃみ、咳、大声での会話などで飛び、飛沫が他者の粘膜に付着することによって感染増殖します。デルタ株は、従来株よりも2倍以上感染力が強く、より微小な飛沫感染、いわゆるエアロゾル感染することが研究によって明らかになっています。

 エアロゾル飛沫は、軽く小さいので浮遊する距離や時間が長くなります。従来言われてきた2㍍の社会的距離では、デルタ株では不十分なのです。そして従来型より長く浮遊し続けるため、室内では今まで以上に頻繁な換気が必要になってきます。

 一方、飛沫を出さない、吸い込まないためには、マスク着用が大きな効果をもたらします。しかし、どんなマスクでも良いわけではありません。実際に各種マスク素材の除去率を実験した我が国の医学者の報告によれば、エアロゾル粒子(デルタ株0・3μm-0・5μm)では、N95マスク(米国規格で0・3μm以下の粒子を95%除去)と医療用マスクはほぼ100%除去します。 

 しかし市販のガーゼ(や布)、ポリエステルは除去率20%以下で、ウレタン素材にいたってはほぼ素通しです。テレビでよく見かけるマウスガードやフェイスシールドはエアロゾル飛沫には全く効果がありません。

 その点、不織布マスクは、N95や医療用に劣るものの除去率は95%程度あります。若い世代のデルタ型感染が多いのは、ワクチン接種率の低さと彼らが好むウレタン素材のマスクのせいではないかとも言われています。

当地でのコロナ感染は本人だけではなく、残念なことに家族や親しい人たちを巻き込んで周り中を不幸にします。ワクチンは無敵ではありません。自分でできる手洗いと不織布マスク着用を徹底して、予防に努めましょう。

予定調和ではない各国政策の岐路

今年の8月は違う

経済地理学博士・清水 裕理

 8月は夏休みの季節。学生や社会人はふるさとに帰り、家族や友人と再会、懐かしく食卓を囲んだり、地元のお祭りや花火大会に出かけたり、祖先をお迎えしたりするはずが、長引くコロナの影響で2年以上にわたり、実現できずにいる。

 辛抱の時だが、そのことがいかに大事なことであったかに改めて気付く。想い浮かべるふるさとの風景には情緒があり…何とも言えないさみしさが漂う。そのような中、テレビからの服部勇馬選手の激走に勇気をもらった。

 経済社会動向ウォッチャーにとっても8月は夏休みモードで、経済社会に関する大きな出来事は8月に起きないことが多い。しかし、今年は違いそうである。

 その一つが明日8月22日に行われる神奈川県横浜市長選挙である。今回は、菅首相の地元であること、自民党総裁選挙の約1ヵ月前であることが重なった。菅首相が応援を表明した候補者の結果により、菅首相の自民党総裁の続投に黄色信号が灯る可能性もある。

 もしもそうなった場合は、周辺はざわつくだろうが、政争ではない、当然だが国民にプラスとなる議論を交わしてほしい。

 国民が最も求めている政策は、引き続きコロナ対策であり、国民の不安を少なくする対策を示し実施できるかが重要だ。

 いままでのコロナ対策は、ワクチン接種率7割で集団免疫が獲得され収束に向かう、それが希望であった。ワクチンは重症化を防ぐ効果ありとのことだが、感染力の強いデルタ株が登場し、当初予定の接種率で集団免疫を得られるか不安との話が出ている。

 少しでも早く、ワクチン接種に加え、感染時に誰もが医療にかかれるよう、投薬などの治療法が確立されるよう、ワクチンを国産化し新株に対しても十分な供給がされるようにと思う。

 その道筋が正しく示されなければ、国民の不安は払拭されず、国内経済においても消費の不振が続き、たとえ輸出や一部業種が好調でも、経済全体が疲弊してしまう。

 米国やEUや中国は、異例とも言える規模を伴うコロナ及び経済対策を進めている。予定調和ではない各国政策の岐路が訪れている。

 全国で感染が拡大する中、今も現場で医療やワクチン接種などに尽力されている皆様に感謝の意を表します。

嘆くより、木を植え、マイボトルを持ち

グレタ・トゥーンベリの主張

秋山郷山房もっきりや・長谷川 好文

 私が子供だった頃まで魚屋が、クリーニング屋が、町内を売りに回って来ていた。豆腐屋が来ると鍋を持って走った記憶がある。何だか江戸時代のようだった。

 買い物に出ても、い草で編まれた軽い篭を持って出かけたものである。肉は経木でくるんで新聞紙で包んだ。野菜は買い物篭にこれも新聞で包んで入れた。魚だって新聞紙で切り身は経木に収めた。刺身は皿を持って店に預けて帰りに持ち帰った。味噌も店頭に漆塗りの樽の中で山のように盛りつけてあった。醤油はビンを持って買ったものである。アイスだって経木をクルリと巻いて売っていた。

 商店には御用聞きの店員が町を廻り、自転車やバイクで「奥さん…」と声を掛けたものである。『町々の時計となれよ 小商人』という川柳だってあった。辛い仕事だった。

 それと比べて、今はそんな面倒な仕事も労働もなく、きれいに整理された店舗で売る方も買う方も気楽に手に取って見比べて買って行くようになった。プラスチックの容器やトレーに収まった食品は昔と比べてきれいで旨そうにさえ見える。

 昔と食べ物の味は同じだけれど、てんぷらを揚げながらする夫婦喧嘩を見て社会勉強をさせてもらったこともあった。

 ところが、その便利さが大量の海洋ゴミとなって浮かんでいるという。便利さと安直さの付けが回って来たのである。

 しかし家庭に帰ってもラップやビニール袋、プラスチックに取り囲まれている。内でも外でも同じようになってしまった。ゴミの分別回収も確立されて、週一回の回収日に出してしまえばそんなことは思い出さないで済む。「見ぬもの清」である。そうしないと狭く小さな日本の住居では料理ひとつ楽しく出来ないのだろう。

 大人達は長い時間をかけて貧しさからようやくここまで来たのだという安堵があるのだ。つまり安直に台所に立って容器から品物を出し、残れば生ごみとして捨ててしまう。それで良いと感じる社会をみんなで作り上げて来た。

 

 2030年になると地球の温度が1度から1・5度上昇するという。海に廃プラスチックが大量に浮かんでメタンガスが放出され、海では植物連鎖が始っているという。

 米国の前大統領トランプはそんなことはないと言ったけれど、スウェーデンの当時15歳のグレタ・トゥーンベリの主張を論破出来ない。

 世界の研究者が異口同音に環境の激変を、地球の危機を何十年も前から訴えていた。ようやくたった一人の北欧の娘が自身の声で扉を開けようとしている。

 私は戦争の混乱から立ち直ろうとした世代の子供で、親達は随分と無理をして来たことを知っている。彼等は何もなかった時代の苦しさに戻りたくないのだが、同時に近頃の気候変動による乾燥化や大雨による被害、予測できない進路を取る台風やハリケーンに現れるこの先の不安も理解している。この地球を守るために行わなければならない活動は半端なものではないだろう。同時に鍋を持っての買い物に戻りたくもないとも思っている。しかし、もっと若い世代は経木も鍋も知らない分、なんでも面白がって変えて行くことが出来るようだ。  

 私の世代は嘆くばかりではなく、せめて木の一本を植えたり、マイボトルを持って歩くことをして身体を環境保全に慣らして行かなければならないという状況に前に立っている。

新型コロナ、発見と隔離が決め手

デルタ株で新たな局面

清津川に清流を取り戻す会・藤ノ木 信子

 前回の東京五輪開会式の入場行進を子どもだった私も興味深くテレビで見た記憶がある。世界中の選手が集まって競い、勝っても負けても「参加することに意義がある」と笑った平和の祭典に誰もがテレビに釘付けで一喜一憂していたなぁ…。 通信媒体の少なかった当時、新聞とテレビは大きな情報源だった。半世紀が過ぎ価値観も多様化して、オリンピックだけに皆が夢中になるわけも無く「テレビで観戦を」と呼びかけても人流が減るはずがない。今までイベント・旅行や帰省を我慢していたから「オリンピックがOKならいいよね」と思った人も多く、コロナ感染抑止には逆効果だ。

 なにより開催までに見えた五輪利権や体質(不透明な誘致、エンブレム盗用、競技場建設の経緯、蔑視発言、穴だらけのバブル方式、スポンサーの撤退や演出者のドタキャン、弁当の大量廃棄…)と総費用4兆円がスポーツの健全さを上回って、もううんざりと思った。

 ワクチン接種による集団免疫獲得が遅れて国民の8割近くが不安を感じ、オリンピックよりもコロナ対策が重要というアンケート結果が出ていたにも関わらずオリンピックを開催した現政権。「五輪で日本選手が頑張っていることは、われわれにとっても大きな力になる」との元官房長官の発言は、選挙前の政治利用だと公言しているのと同じだ。

 選手は何も悪くないがオリンピックのイメージは前回より悪くなった。海外でデルタ株の爆発的な感染報告があったのに「コロナに打ち克った証としての東京五輪」と位置付けて開催した結果の感染爆発は1億総玉砕の感すらある。ウイルス相手に「心を一つにコロナと闘う」と国威高揚の精神論が通るはずはなく、なんだか戦争に至る道のりみたい…。

 さて、デルタ株に置き換わったここからが新たな局面、私たちは本格的に感染症と向き合わねばならない。オーストラリアの報告では一人が陽性だと家庭内の感染は100%で、若年でも急に重症化することがあるらしい。ワクチン接種が終わっても陽性になることもあり、不要不急の出歩きは油断禁物、知らずに感染を拡げることもある。

 外出時は暑くても布やウレタン製でなく隙間のない不織布マスクは必要、今までより手洗いも換気も徹底したい。「中等症以下は自宅療養を」という自助任せ・無策の国だから、一番身近な市行政が頼りだ。感染力が強い分、検査範囲を拡げなければならず大変だが、発見と隔離が決め手だ。情報の共有と田舎の特権である人口密度の低さを生かして命を守ろう。

「人々の行動制限に頼る時代は終わりつつある」

東京五輪と感染拡大

自由人・斎木 文夫

 7月3日号本紙の本欄で長谷川さんが「都議選でオリンピック与党が大敗するなら、東京五輪は開催できず、国も都も新型コロナ対応に集中できるのに」と書いた。4日投開票の都議選の結果は、オリンピック与党大敗とはならず、東京五輪はほぼ無観客で開催中だ。

 東京は12日から四度目の緊急事態宣言下にある。宣言効果が出てくるのが26日ころのはずだが、27日の東京の新規感染者数は2848人で、過去最多を更新した。

 この日、首相は「不要不急の外出は避けていただき、五輪はテレビ観戦してほしい」と記者団に語った。さらに、「オリンピック中止の選択肢はないのか」と問われると、「人流も減っているし、そこはない」と述べた。

翌28日には新規感染者は、7都府県と全国計で過去最多となった。

人の流れは前回の宣言時ほどには減っていない。むしろ、東京の一部では五輪が新たな人流を引き起こしている。

 首相の考えというかメッセージの出し方は誠にお粗末。危機感のなさにはあきれるばかりだ。

変異株の広がりを見れば、感染はまだ拡大するだろう。すでに通常医療に支障が出ている医療現場では、文字どおりの「医療崩壊」も起きかねない。

もう人流抑制だけでは抑えられない段階に来ている。新型コロナ対策分科会の尾身会長が参院内閣委員会で「人々の行動制限だけに頼る時代は終わりつつある」と述べ、「その発言は遅すぎる」とネットでたたかれたのは、15日だ。

 一方、感染拡大が「一部の飲食店や路上飲みをする若者たちのせいだ」とする声が強い。確かにそうした面もあろう。道端で酒を飲み、騒いでいる若者の姿を見ると、日本人はこんなに行儀が悪かっただろうかと思う。

 政府の右往左往の結果としての四度目の緊急事態宣言。政府のメッセージが納得できなければ、国民がそれに従うはずがない。路上飲みは彼らの精一杯の怒りや反抗の表現なのかもしれない。

 路上飲みは彼らのデモなのかと解釈した私は、「どうして『オリンピック中止』のプラカードを挙げて飲まないんだ」と、テレビに向かって叫ぶ。我ながら虚しい。

 ILOと政府による壮大な人体実験もいつか終わる。前号では眉子さんが「東京五輪が閉幕しても、これに関わる様々な疑念を終わったことにしてはならない」という趣旨のことを書いた。私も同感。少なくとも、秋にあるはずの衆院選まではちゃんと覚えていよう。

あれもダメ、これもダメ、物の見方は足し算で

ちぐはぐな昨今

元ゆずり葉編集委員・松崎 房子

 この原稿が御目に留まる頃は、五輪の開会式が行われた事だろう。当千葉県にも競技会場がある。

 千葉の様子をお伝えしたい処だが、聖火リレーも公道では行われず、世界からのお客様の姿も、超人達アスリートも目にすることはない。

 57年前の五輪は、一般人が何も知らない内に招致がなされ、よくわからない間に東京中が建設の嵐になった。新幹線が華々しくスタートした。

ブルーインパルスの妙技で空に五輪が描かれ、その鮮やかさに目を奪われた。後日公開された映画で見ただけで、当時は精々新聞報道・ラジオで聞いただけだった。日々興奮が募り、終わってみれば、世界に戦後からの復興を遂げた日本をアピールした。

 今回は事前に招致合戦を展開し『お・も・て・な・し』を印象付けた。

 しかしその後の展開は思いもかけない事態になり

多くの人が中止を望むところ迄になってしまった。

 コロナの進展を歯止めするのも、ちぐはぐが目立つ。五輪を強行するには、もっと早くから感染拡大を阻止する手立てがなされるべきだったのでは?

 選手の皆さんは、この日に照準を合わせ、並大抵でない努力の日々だったことを想うと、満員の観客で精いっぱいの応援を贈りたい。現実は無観客の試合が多いようだ。さぞ張合いがない事だろう。世界大会に出場する晴れ姿を見せたい・見て貰いたい筈だ。身内でなくても精いっぱい応援したい。そこへ至るまでの努力を想像するから。 

 一方、検疫に始まり、いろんな現場の関係者・当事者たちは、不眠不休の活動を迫られているに違いない。そんな中で、テレビ観戦で応援しましょう‼ との政府の勧めは空虚に響く。実際そうするしかないのは事実だが、残念だ。

 少し前はベターを探していこうと思う、と書いた。それからまだ半年位しか経っていない。今のベターは何だろう? コロナがまだまだ大流行だが、お蔭様でワクチン接種の2回目も終了させて貰った。この猛暑の中出歩かず、躊躇なく冷房も使ってテレビでオリ・パラを声援すればよいらしい。それで本当にいいのかなー?

 あれもダメ、これもダメと思うと出来ていない事ばかりが気になる。引き算の物の見方で世の中を見ている気がする。欲張りになったのだ。

 足し算の物の見方を心掛けなくては幸せを見失う。

飲食店関係者こそ先行接種の対象者では

ワクチン接種の大きな課題

会社員・村山 朗

 私事で恐縮ですが、先日一回目の新型コロナワクチン接種を受けました。同年代の友人、知人と副反応(副作用ではなく、副反応という言葉をよく耳にするようになりました。調べてみると「副反応」とはワクチン接種に関連したことがらに限定して使用されるそうです。初めて知りました)について情報交換をいたしました。

 人によって症状は様々ですが、接種した腕の痛み、倦怠感、発熱、筋肉痛、頭痛、腹痛、咳など風邪に似た症状が出るようです。筆者は一日ですみましたが、倦怠感や頭痛に襲われました。一方で、腕の痛みすらない無症状の方もいて、本当に個人差が大きいです。

 でも、長い人で三日もあれば回復するので、副反応は恐るに足らず、です。若いヒトの副反応が大きいというウワサがあり、何の副反応もなかった友人の中には「自分が思っているほど若くネヤンダなー」と落胆する向きも(笑)。

 本紙の報道によれば、十日町市では65歳以上の高齢者の一回目接種が8割終了し、先週から今週にかけて、16歳から64歳までの住民に一斉に接種券を配布しました。今回は地域によって接種日を割り当てるのではなく、予約によって接種日が決まるようです。

 家人にも接種券が届いたので見せてもらいましたが、先行枠と通常枠があり、先行枠は基礎疾患のある方、学校・児童福祉施設職員、60歳〜64歳の方、65歳以上で未接種の方とあります。

 残念なのは、飲食店関係者が先行枠に入っていなかったことです。5月に飲食店からコロナが広がり、大急ぎで関係者に無料PCR検査を実施したのを忘れてしまったのでしょうか。感染が広がり易い、不特定多数が出入りする飲食店は第一に優先するべきではないですか。

 ファイザーワクチンは一回の接種で60〜80%の感染予防率といわれています。また、先のPCR検査で飲食店関係者の住所氏名は当局で把握されているはずです。特定の人しか出入りしない学校・児童施設より感染の危険度は高いと思います。(学校・児童施設は後回しでいいという意味ではありません、念のため) 

 飲食店では売り上げの減少が経営を直撃しているため、この度十日町市は飲食店独自の割引クーポン券に補助金を出しました。これは来店客を増やす政策です。であるならば、もう一歩踏み込んでワクチン接種の優先リストに加えていただきたかったです。そうすればお店の利用客も関係者もより安心してお盆を迎えられたはずです。今更ながらですが。

ものづくり日本、それを支える地域の底力結集を

動き出す世界経済

経済地理学博士・清水 裕理

 今年の春頃から、世界経済において、今後10〜20年間を見越した各国の経済戦略計画が動き始め、騒がしくなってきた。

 バイデン大統領は、就任100日目の4月下旬の施政方針演説で、米国雇用計画及び米国家族計画を打ち出した。それによると、近年で最大となるインフラ投資が予定され、その内容は、道路、橋、安全対策、輸送、旅客、貨物列車など、いわゆる国内の伝統的インフラとなっている。

 さらに、米国の水道菅の多くはいまだに鉛が使われており、それら水道管の更新による安全な飲み水の提供と下水道の更新が計画に盛り込まれている。日本でも上下水道の改修問題は深刻で、しかしまだ解決の道筋が示されないなか、米国のこの大規模な計画には目を見張った。

 そして、これら計画の実施により、国内中間層の雇用創出が大きな目的となっている。小さな政府を目指す野党の共和党と財源や予算規模をめぐる議論が予想されるが、議会での法案成立を目指して、急ピッチでの調整が進んでいる。

 さらに米国では、中国等との技術開発競争に対応するため、別法案でIT投資関連の国家予算が増強されるという。

 中国では、今年3月に開催された中国の議会である全人代で、2021年からの5ヵ年計画が発表された。これまでの計画目標だった「小康社会(ややゆとりのある社会)の実現」の達成を習近平国家主席は宣言し、次の時代に向け、国内での技術開発の推進が掲げられた。具体的には、クラウドコンピューティング、人工知能などの7分野に、米国に劣らぬ多額予算の投入が決まっている。

 ITのネットワーク技術の普及では規模の経済が働くため、14億人の国内市場を有する中国は優位だ。また、ITのネットワーク技術については、民間のGAFAは、母国の米国当局から独占禁止法で提訴されるほど巨大で、Googleなどは広告収入という確固たる収入源があるため、新しい技術開発に惜しみない金額をつぎこんでいる。そのスケールは、今の日本の企業では到底かなわない。

 GAFAでは、開発時に高額な報酬を提示し世界中から優秀な研究者を募集している。日本からも優秀な人材がリクルートされているのだろう。 しかし、この世界の日本の天才の中には、報酬に興味はなく、企業にしばりつけられたり、世界に進出したりするよりも、独自で研究を続けたいタイプがいる。プログラミングのコンテストに匿名で出場し周りを驚かせる若者がいたりする。

 現在のパソコンのOSはWindowsが普及しているが、実はそれ以前に日本の研究者たちで優秀なOSが開発されていた。しかし、商業化の段階になると必ずしも良いものが普及するとは限らない。せっかくのチャンスを活かしきれなかったことは幾度とある。

 それは、知的財産戦略がうまくいかないという前に、身内である業界内での足の引っ張り合いが指摘されることがある。かつて海外で、日本の家電メーカーが争って誰も得をしなくなる状況に、現地の人が不思議がる話をよく聞いた。技術開発の段階では協力や切磋琢磨し合う光景がよく見られるのに残念である。

 もう一度、目を世界に転じると、EUは米国や中国に比べて戦略が遅れていると思いがちだが、気候変動問題と産業振興・研究開発を一体とした政策の具体化は、他を一歩リードしている。EUという巨大市場を強みに、規制やルールづくりの主導権を握ろうとする動きも垣間見れる。

 日本も今後、米国やEUと同じ方向の政策がとられると思うが、規模だけではない日本らしい方策を見出さなければ、厳しい国際競争に対応していけないだろう。ものづくり日本とそれを支える地域の底力の結集が大事になると思う。

東京五輪と東京都議選の深い関係

 「7月4日」

秋山郷山房もっきりや・長谷川 好文

 昭和39年、前回のオリンピックでは東京中が突貫工事の真っ最中で街は埃だらけだった。

  私は高校生でオリンピック競技はもっぱらテレビの前に坐って見るだけだったが、甲州街道を走るマラソンは見たような気がする。お婆さんが歩道に座って選手を待っていたのは覚えている。

 あれから56年経ってもう一度オリンピックが来るとは思ってもいなかった。選りによってコロナが収束していない中でのオリンピック騒ぎには少々辟易している。

 本当にオリンピックは行わなければいけないのか、反対はもう通じないのかと気を揉んでいる。

 先月G7が行われたイギリス、コーンウォールでは新型変異デルタ株が広がっているという。

 そもそもこの頃のオリンピックは政治に振り回され、誘致や放映権にまつわる金銭の疑惑にまみれていると聞いている。

 今回、開催都市が東京に決まった時「O・MO・TE・NA・SHI」と大騒ぎの裏にも大量にIOC組織委員に流れた金の話もあった。金でオリンピックを買ったとさえ言われた。そんななかJOCから資金援助を受けているアスリートはメダルを取ると言わざるを得ない。プロ選手の参加を認めた大会からその競技の意義が薄められ不必要な競技も増加している。もう一度オリンピックを考え直す良い機会でもある。

 新型変異株の急激な広がりを思うならば、中止という選択に世界は理解を示すと考える。それに各競技は2年に一度の世界大会が開かれているじゃないか。

 ところが、政府や経済界は東京の後は札幌冬季オリンピックだ、その後は大阪の万博だとばかり少し上ずった物言いで、次から次へと世界のイベントを引っ張り込んで経済を持たせようとしている。日本の経済界は一発屋に成り下がってしまったのだろうか。

 一度決めたことは何がなんでもやり通し、余所者にものを言わせない風潮の社会を持つこの国で、オリンピック開催がひと月後に迫るなか中止とは言い出せない時期に突入したのだとしても、本当に対策は出来ているのかと心配になる。

 それにしても新型コロナ禍で何処に行っても東京からと言うと拒否されたり、イジメられた都民がこの時期の開催を喜ぶだろうかと考えながら、「もしも東京都議選でオリンピック与党が大敗を喫したならば?」と思いついた。7月4日が本当に最後の選択の日になるのではないだろうか。 

 ここはひとつ当事者の多くの都民の判断を待つしかないと、病院に入った都知事をにらみながら思っている。

 開催の中止が決まれば何に気兼ねなくパンデミック対応に集中できるのでは、それが良いのにと、奥深い山のなかでひとり目を凝らしている。まず7月4日の結果を…。