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オピニオン

人と人のつながりの妙

コロナ禍での変化

2020.6.27

元ゆずり葉編集委員・松崎 房子

 自粛も解除、県を超えての往来も許可されるようになったが、本当に大丈夫かな? と疑問視している人も少なくない。私もその一人。収束と言っても大まかに束ねて様子を見当づけただけ。治療法・治療薬ができたわけではない。辛くも感染拡大を少し抑えている丈に過ぎない。

 息の根を止めて退治する終息でない限り、コロナの渦(禍)中の状態はまだまだ続くと思っている。新しい日常を取り入れて暮らすしかない。

 これまでは好き放題に外出したり、友人たちと会食したり、それが当たり前の暮らしだった。地の利を生かして市内・県内はもちろん東京、横浜までも出かけていた。イベントがすべて駄目になり、出かけていく用事がなくなった。

 一方、千葉県庁へ出向く仕事は人数制限が課せられ、事前予約制、一人1日1時間となった。それまでは一日最大6時間、その日の予定を決めて自由に閲覧転記ができた。人数が多くて交代させられる事はあっても、締め切りに間に合えば全く自分の裁量で仕事を進められたのを、大いに気に入っていたのが一変した。

 だからと言って、ちんたらちんたら仕事をしていたのではないが、1時間に制限されるとこなせる枚数が上がった。ただあと何分、あと何分とカウントダウンをされるので、慌てるし心臓によくない。まあそれも効率が上がったのだからよかったと思うべきか!

 もう一つよかった事がある。30年近く前から存じ上げていた方と思いがけないきっかけでメールのやり取りが始まった。聞き上手に乗せられて口にした事もないことを、わかって貰いたくて言わずもがなの事までしゃべっている。聞き上手な見事な手腕で、取材力を発揮して著作の出版もしておられるのも、さもありなんと感心する。引き換え馬鹿正直な自分が滑稽だが、これも今更どうしようもない。程なく80歳になろうとしている昨今、話を聞いてくれる人に出会えたり、仕事も新しい部門の仕事が増え、結構な回数で依頼があるので中々忙しい。イベントがなくなり、がっかりしていたが、代わる用事があって有難いことだ。

カタカナ英語の氾濫

意味不明な言葉、英語習得の妨げ

2020.6.20

会社員・村山 朗

 コロナ関連のニュースや記事にうんざりされている読者が多いとは思いますが、今回もダメ押しのコロナ関連です(笑)。 妻有地域にもようやくアベノマスクが届いているようですが、すでにマスクはどこでも買えるし、様々に工夫された自作マスクも多くみられるようになりました。4月1日にマスク配布を宣言して2ヵ月余り、いったい何をやっていたんでしょう。3月初めの学校の一斉休校要請や4月半ばの緊急事態宣言、4月20日の特別定額給付金、持続化給付金事務の実体のない組織への発注。コロナ対策に関する様々な政府・行政のドタバタや不明瞭な予算の使い方が国民の前にさらけ出されています。 

 我が国のゆるい規制の中で奇跡的に死者が少ないのは、ひとえに国民の規範意識や衛生観念の高さ、きれい好きな生活態度のおかげではないでしょうか。規範意識の高い国民の一人のはずが、官僚や国会議員になるとデタラメを連発するのは解せませんが…。くどくどと言われなくても、大半の国民は有効なワクチンや治療薬が行き渡るまでは「新しい生活様式」を継続することでしょう。

 さて、このコロナ禍のなかでとても見苦しいのが、カタカナ英語の乱発です。思いつくままに挙げてみますと、ステイホーム、ポストコロナ、ウィズコロナ、アフターコロナ、東京アラート、ロックダウン、ステップ1(ワン)、エッセンシャルワーカー、オーバーシュート、クラスター、リモートワーク、サイトカインストーム、ソーシャルディスタンス、ホットスポット、ニューノーマル、アウトブレーク、規制のサンドボックス、景気ウォッチャー、フェーズ、ロードマップ、Go To キャンペーンなど。

 初出ではないものもありますが、ここ数週間コロナ関連で新聞紙上を賑わした言葉です。英語でしか説明できないこともありますが、日本語で説明したほうがはるかに理解し易いはずです。

 政府や自治体の首長、学者がやたらとカタカナ英語を発したがるのは周知の通りですが、れっきとした日本語があるのに、カタカナ英語にしたとたん意味不明な言葉になってしまいます。英語教育が最重要政策とは言え、いくら何でも日本の政策が「Go To キャンペーン」とは! 正に噴飯ものです。 

 明治時代に外来語を苦心して日本語に翻訳し、定着させてきた努力の十分の一でもなさったらいかがですか。カタカナ英語の氾濫が英語習得に、どんなに妨げになっているか、考えたことはないのでしょうか。

人が人として生きていくため

縄文文化に今思う

2020.6.13

経済地理学博士・清水 裕理

 新十日町市博物館の開館のニュースを妻有新聞で拝見しました。新しい博物館で、あの有名な『縄文火焔型土器』が見られると思うとワクワクします。57点もの国宝を一つの博物館で所属していることは、ものすごいことです。前の博物館で国宝が目の前にさりげなく置いてあったことにびっくりした経験があります。津南の「なじょもん」の施設で体験学習をしたことも楽しかった思い出です。

 妻有地域には縄文時代から人が住み、豊かな営みがあったということだと思います。縄文時代は、ブナなどの落葉樹の森が広がり、秋には木々が紅葉し、やがて葉が落ち、厳しい冬が終わると新緑の春を迎える…このような自然の営みこそが日本の歴史と文化の母となった(工藤雅樹氏「歴史浪漫シリーズ 」『NETT』2007年7月号より)としています。

 落葉樹の森の豊かさには定評があり、秋にはクリ、クルミ、各種のドングリなどの栄養分豊かな実をつけ、木々の葉はやわらかく、落葉後には黒土となって下草や山菜を育てます。森には茸もあり、清流には小魚がいる。落葉樹の森から流れ出る川には毎年サケ・マスが回帰してくる。

 このような自然が、多くの動物たちを養い育ててきました。私たち人間も森の豊かさを享受し、試行錯誤を重ねながら、およそ数千年前に、食料資源はもちろん、建築部材から生活必需品にいたる全てを自然にあおぐ文化を築きあげました。

 すでに縄文時代に、茅葺の家を思わせる複数の家からなる定住村落、植物質と動物質の食料資源を程よく利用する食生活、森の自然と調和したさまざまな生活技術などを得ており、その後、利器の素材が金属にかわり、食料資源のなかにコメが加わるなどあったが、縄文時代に形づくられた原風景は近代まで大きく変わることがなかった。

 数千年前から大きな変化はなかったといえば、進歩も発展もなかったと受け取られるだろうが、そうではない。数千年前には、近代直前のレベルまで達していたと評価したい、と前述の工藤氏は述べています。

 これから迎えるアフターコロナ時代において、ITなどの最新技術をうまく取り入れると同時に、この私たちが培ってきた自然と調和する文化を見直すことが、人が人として生きていくために、とても大事なことだと思うのです。

失くした故郷を探す旅に

「金のおじさん」

2020.6.6

秋山郷山房もっきりや・長谷川 好文

 ずいぶん昔になるが職場に青森・平舘出身の仲間がいた。「オレは金の卵だよ!」、酔うとよく話していた。

 彼は、蒸気機関車の引く夜行列車で早朝に上野駅に着いた集団就職組と比べると、だいぶ後になってからの上京組だったように思うのだが、昭和50年ごろまでその臨時列車が走っていたとすれば、その彼も間違いなく金の卵だったのだろう。

 戦後の高度成長期の大工場や町工場、様々な店舗で働く若者として各県の職業安定所や地方公共団体が昭和29年あたりから地方の中卒、高卒の次男・三男を都会へ送り出した。

 上野の駅頭で早朝に迎えに来た人たちに連れられて、それぞれの工場や商店に向かった。行った先で夢見ていた都会の職場と違う小さな店に唖然として立ち尽くした子どもたちもいたことだろう。大戦を生き延びた、新しい時代の先に結局ひとりで立ち尽くしたのだ。

 それから60年近く時代が過ぎ、70歳を越える年齢になった今、出て来た故郷に父母は無く、帰っても居場所もなく、故郷を失くしたことに気が付くことになった。

 平成も終わりに近くなると、今度は都会から地方へ向かって呼び寄せる若者が現代の「金の卵」と呼ばれるようになる。これも国が後ろ盾となって、何年間か給与を与え、過疎化する地方を活性化してもらうべく企画されたようだ。ある種の失業対策なのだろうが、花の都会から敷かれたレールに乗って山深い山村に来た若者が、思惑通りに居続けるには、いろんなものが足りないように思う。昔の「金の卵」が行った先の店の軒下で唖然とした時に感じた不安と同じだ。

 一方、そんな仕組みには頓着なく、ただ農業をしたいと思って単身地方に来て働きだす若者は以前からいた。彼らは金の卵などと呼ばれずに、いぶし銀のように全身を汗で錆びつかせながら農業で身を立てている。

 現代の「金の卵」が本当の意味で地方に根付くには少なくとも10年、20年が必要で、骨を埋める歳になるとしたら50年もかかるのである。人生というものを考えるに3年、5年ではスタートにも立てないと私は思っている。

 戦後の「金の卵」が行った先の街々で、どうにか安定した暮らしを得たのだって、やはり50年という年月を必要としたのだ。

 60歳を超えた昔の金のはげかけたおじさんに、失くした故郷を探す旅に出てもらえないかと感じている。若い頃捨てた故郷にも、女房の住む都会にも共に未練を残しながら、月に半分地方に出て、亡き父母や失った故郷を探してもらいたいと思う。

 地方にしても、若者に住んでもらいたくてガツガツと移住者を探すのではなくて、地方の良さ悪さを知っている「金のおじさん」に、リリーフを託してみるのはどうだろうか。世界は、変化に対応しなければならない時代が来ているのだ。

病気から命を守る体制と生活を支える援助を

2020.5.30

コロナ禍があぶり出した大嘘

清津川に清流を取り戻す会・藤ノ木信子

 自粛と言ってもテレビばかり見ていられるわけはなく、家に居てもやることはいっぱいある。相方が倉庫の片付けを始めたら、古い盃が出てきた。「昔、おらしょにもあった」と言う人もあるかも知れない。

 従軍記念杯(兵隊盃)と言われるもので、徴兵され入隊した男子が満期除隊となり、無事に故郷に帰ることができた時、自分を見送ってくれた人に感謝と帰還の報告に名入れの盃を配ったものだ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 この盃にも根津とか山本とか藤ノ木の名前が入っている。「歩ノ二」とあるのは歩兵隊のことかな?「志那事変記念」は日中戦争のことだから80年くらい前のものか…戦地から帰って、この盃で酒を酌み交わしどんな話をしたのだろう。

 この時代まで盛んに記念品配りが行われていたようだが、さすがに太平洋戦争は徴兵されれば片道切符で無事帰還の盃を配る習慣は絶えたらしい。 

 日常に徴兵制がある世には二度としてはいけない。 

 銃を撃たなくても、ミサイルで狙わなくても、目に見えないウイルスが多くの命を奪い、世界中を大混乱させて経済を破綻させることができる、戦争のフェーズが変わったことをコロナ騒動は示した。 

 他にも人間の経済活動が、環境へ及ぼす負荷が大きすぎることも顕わになった。都市閉鎖されたロサンゼルスの空が澄み渡り、水質が改善したベネチアの運河にはクラゲが泳ぎ、インドではガンジス川の透明度があがり大気汚染の都市ニューデリーからヒマラヤ山脈がきれいに見えた。経済優先でなく、のんびりと地球と共存する仕事量でちょうどいい。

 さらに、「日本の技術はすごい! 日本は先進国だ! 官僚が優秀!」という大嘘もコロナ渦があぶり出した。実は、布マスク2枚配るのにさえ数ヵ月かかり、ウイルス検査も十分にできず、検査数の統計も信用ならず、医療用の防護服は雨合羽やビニール袋という脆弱さで、政府が進めたマイナンバーも給付金支給に役立たず混乱…この国がIT化も医療も統計も後進国で、かなりポンコツだという事実に直面して、やらなければいけないことが見えてきた気がする。 

 食料はもちろんだけど、マスクや医療物資も自給できる国でないといけないね。必要なのは武器やカジノではなくて、病気から命を守る体制と生活を支えるための迅速な援助の仕組みだった。反省を踏まえて変われるかどうかという岐点だ。

防疫がしっかりできる国になって、安心して卓を囲んで盃を交わせるようになったら、ワイワイ賑やかに美味しいお酒を飲みたいですね。

何だったのか、検察庁法「改正」

官邸の守護神、自爆

2020.5.23

自由人・斎木 文夫

 政府・与党は18日、検察庁法改正案の今国会での成立を断念した。ツイッターで示された多くの反対意思表示、検察OBの反対の意見書、世論調査の内閣支持率低下が引き金となった。

 政府・与党は「秋に熱が冷めたら強行採決」と考えていたのだろうが、肝心の黒川東京高検検事長が「ホームスティ週間」中に賭けマージャンをしたと週刊誌で報じられ、21日朝、辞任の意向を固めた。一件落着みたいな気もするが、発端に戻って考えてみたい。

 ことは、1月31日、閣議決定により黒川氏の定年を半年間延長したことに始まる。氏は2月8日に63歳を迎え、定年となるはずだった。

 政府は、稲田検事総長の後任に黒川氏をすえようとしており、稲田氏退任まで黒川氏を現役のままにしておきたかった。

 国家公務員は、国家公務員法により、一定の要件の下に定年延長が認められている。内閣はこれを根拠に黒川氏の定年延長を決定した。しかし、検察庁法では、定年は検事総長が65歳、その他の検察官は63歳と定め、定年延長の規定はない。

 2つの法律の関係では、国家公員法は一般法、検察庁法は特別法。一般法で全体的にざっくりと決め、特別法で個別に細かく決めるので、特別法は一般法に優先する。

 閣議決定はこの「特別法優先の原理」を無視したもので、黒川氏は法的根拠がないまま定年後も職にとどまっていた。

 安倍政権下で起きた政治家がらみの事件で政治家が不起訴になった影に黒川氏がいたとされる。まだ、モリ、カケ、サクラなどの火種を抱える政権にとって、黒川氏は「官邸の守護神」なのだ。

 閣議決定だけでは危ないので、後追いで法改正で検察官の定年を65歳に引き上げようというのが今回の「改正」である。

 「改正」案は、さらに内閣や法相が必要と判断した場合、検事総長などの役職に最長3年間とどまることができる規定を盛り込んだ。

 これでは「第2、第3の黒川」が現れる可能性があり、三権分立と民主主義が崩れてしまう。検察OBの意見書でも「検察権行使に政治的な影響が及ぶことを強く懸念する」としている。

 この一連の「事件」で、SNSの政治的な可能性を思い知った。特に集会やデモができない今は重要なツールだ。

 また、SNSでなくとも、少しずつでも人と人がつながれば大きな力になり、政治も変えられる。つらい今に悲観することなく強く生きよう。

結局は自分達の責任が問われている

トップの通信簿

2020.5.16

元ゆずり葉編集委員・松崎 房子

 地球全域に被害を及ぼしている新『型コロナウィルス』。毎日メディアの記事を見ていると、まるで通信簿のようだ。

 早くも収束に近づきつつある国、まだまだ予断を許さない国、逆戻りした国、各国色々な事情を抱えて頑張っている。国の差イコール首長の差のように思える。プラス国民性・民度の差。

 国内においても都道府県にも差がある。その様子を見ているとやはり、首長の差か? リーダーとしての手腕が問われているみたいだ。いずれにしても、あのリーダーについて行きたい、と言っても、その国の国民になったり、その県民になったりもできない。いま置かれている状況のなかで、どのように暮らすか? 結局は自分達の責任が問われている。

 翻って自分はどうなのだろう? 出好きで市内、県内はもちろん近隣の県外までも、平気で足を延ばしていた。体を動かす・運動することが大の苦手。動かさなければいけないことは百も承知なので、出歩くことは好みでもあり、運動も兼ねていた。それが全て駄目になった。てっきり精神的におかしくなると、本気で心配した。

 意外にも、あり余った時間をもったいながって、あれこれ整理したり、やりたいことを見つけ出しては、楽しめている。

父を早く失い、一家を支える母に代わって、祖父母が育ててくれた。父親がいないからダメな子だと言われてはならないと、祖母は厳しかった。

 宿題が終わらぬうちは遊びには行けない。やっと終わって外へ行って見ると友達はとっくの昔にどこかへ遊びに行ってしまって誰もいない。そもそもが一人っ子なので、一人で遊ぶしかない成長期だった。

 そんな育ちが大いに役立って、いかようにも一人で遊べる。躾・教育が幾つ何十年まででも身に付くことに感心した。それなのに子育ては結果を急ぐあまり、ちゃんと育ちあがってくる子どもを待っていてやることが出来なかったことを、いまさら反省したりした。

 整理を進める過程で、疎縁になっていた方へ、久し振りに手紙を出したり、電話を掛けたりして、「懐かしい」を楽しんでいる。そして、治まった後の楽しみを計画してわくわくしている。ただ一挙に弾けないように、自分に言い聞かせている。

新型コロナ、最優先は命を守ること

ここが正念場

2020.5.9

会社員・村山 朗

 世の中、コロナ禍で夜も日もくれない有様です。個人的なことで恐縮ですが、筆者のところでも家人のパート先が先月後半から休業に入り、連休明けも再開するかどうか分からず、このまま続けば家計は火の車になりそうです(泣)。

 10万円の給付金も家人が自宅待機に入る前は、貧者の一灯で一部を寄付しようかな、などと甘く考えていましたが、もはや火の手が背中に迫ってきてしまい、それどころではなくなりそうです。とはいえ夫婦2人の小世帯、元々外食はめったにしないし、何事も壊れたり擦り減るまで使い倒す節約生活で、何とかやり抜きたいと思います。

 温泉施設や公共施設は軒並み休館ですし、映画・コンサートなどの催しものや地域の行事なども中止や延期で、我が家から出掛ける用事は激減いたしました。

 そんなこんなで毎日テレビのニュースを見たり聞いたりしながら一喜一憂しているわけですが、国家の指導者の金も大事、命も大事と右往左往しているさまは、歯がゆくなってしまいます。

 今はとにかく経済(政府財政)は後回しの時期でしょう。コロナを抑えることと国民の命を守ることがとにかく最優先。医療体制や国の意思決定の仕組み、国民性などの違いもあり、他国と比較しても詮無いことです。 国会で対案もろくに示さず、ああ言えばこう言う重箱の隅をつつく野党の存在は一体何なんでしょうか。

 それと安倍首相のマスク、あのマスクを見るたびに首相の意固地さだけが目立って、一国の首相なんだから、もうチットちゃんとしたマスクをしてもらいたい、という思いが募ります。アベノマスクも届いていませんし。「ステイホーム週間」も「外出自粛強化週間」じゃダメですかね。犬の訓練用語のステイ(待て)とハウス(犬小屋に戻れ)を思い出すのは筆者だけでしょうか? まあ確かに兎小屋のような家に住んではいますが…。

 私たちにできること。できる人は家にいる。出かける人、仕事に行く人はマスクをして人との距離を意識して保つ。こまめに手を洗う。これらを国民が徹底して取り組めば、今以上の長期化は防げるはずです。

 ここで気を緩めると終息の見通しが立たなくなり、それこそコロナの死者よりも自殺者のほうが多くなってしまいます。 他国をやたら持上げる方がいますが、日本の人口当たりのコロナの死者数は、G7諸国の中で群を抜いて少ないのです。

 ここが正念場。社会を維持するのに頑張っている方たちに感謝して、もうしばらく辛抱しましょう。

「里山体験必修プログラム」を小学校で

故郷からエールを

2020.5.2

経済地理学博士・清水 裕理

 今年は特別なゴールデンウィークになりました。この原稿を書いている時、スマホに東京都から防災速報が入り、何かと思ったら緊急情報「ステイホーム週間」のお知らせでした。

一日も早く収束することを願うばかりですが、山中伸弥教授は、新型コロナウイルスへの対策は長いマラソンと言っています。

 地域振興や国土振興の視点から思うことは、東京一極集中の是正が本当に重要ということです。

 以前から、東京の過密と、その他多くの地域の過疎の問題を解決することが、国の持続的発展において重要とお伝えしてきました。

 今回の新型コロナウイルスの蔓延は、東京の過密を、より大きな問題として浮かび上がらせています。

 私は東京23区に住んでいますが、繁華街の人通りは少なくなったものの、家を出ると地元商店街や公園や駅などで3密状態でない場所を探すことは難しく、通勤電車はだいぶすいたものの、いまだ緊張感なくして乗ることはできません。

 一方、東京から特急2時間の里山では、もともと家周辺で人の姿は少なく、3密状態の場所を見つける方が難しい状態です。

 特急で2時間はそんなに遠い場所ではありません。それでもこのようなギャップがあり、東京の都心部だけに人が極端に集まっていることが分かります。

 今回のことで、人々の考え方が経済重視から変わり、過密のリスクを実感し、都心部より安全と思われ、かつ自らの食料を自給できるような里山で生活したい、と考える人が増えるでしょう。

しかし、それでも将来、実際に移住する人は、思うより多くないような気がします。

 なぜかというと、人はなんらかの縁や仕事の関係がなければ、生まれ育った地から思い切って移動することは出来ないと思うからです。

 高度成長期に上京した世代にひ孫が生まれると、おじいちゃんおばあちゃんの故郷がもう東京なのです。そうやって縁がなくなってしまいます。

 そのため、第二の故郷づくりの「里山体験必修プログラム」を小学校で是非実現してほしいと希望していますが、今は、故郷に戻りたいのに県境の移動自粛で帰ることのできない人たちに、地域全体で、みんな大変だと思うのですが、頑張れと声をかけてほしいと感じます。

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