雪国妻有今昔物語

シリーズ連載

国宝出土の様子を再現した復元モニュメント。逆さ状態で出現。底部は後日発見され残存率95%の極めて貴重な縄文火焔型時となった。

​国宝発掘、現場を再現

2000年6月4日、本紙撮影

 縄文期では新潟県内唯一の国宝を常設展示する新十日町市博物館は6月1日開館、国宝展示室でスポットライトに輝いている。この縄文火焔型土器の国宝指定の決め手になったのは残存率の高さ。「95%」というほぼ完ぺきな状態で出土。その発掘当時の様子を再現したモニュメントを発掘現場の十日町市中条「笹山遺跡」に設置したのは、20年前の2000年6月4日。いまも「笹山縄文館」の脇にあり、セラミック製の復元モニュメントは、掘り出された当時をリアルに再現する。

 この6月4日は、前年1999年4月に国宝指定後の1周年記念式の日。モニュメントお披露目の記念日。地元住民など多くの来場者が詰めかけ、当時発掘を手伝った人たちも集まり、「そうそう、こんな風に逆さまになっていたっけね」など『国宝』出土の思い出を語り合った。当時の本田欣二郎市長は「先人が残してくれたものが5000年ぶりに世に出てきた。この宝物を後世に末永く伝えたい」と語った。

 当時、発掘担当の渡辺正範さん(現市総務部長)は本紙寄稿の回顧録(2017年3月18日号)で記す。『渡辺さん、まわったよ! と和田アサさんのいつもの元気な声が後ろから響きました。後に国宝となる火焔型土器No1が5000年の眠りから目覚めた瞬間です』。まわった、というのは円形断面がそのまま出土した状態のこと。1982年・昭和57年7月8日午後出土。この日は発掘作業の最終日だった。一日違っていたら「国宝」の目覚めはなかった。

 逆さ状態で見つかった国宝。だがその底部はなかった。隣接の出土資料の調査ですぐに見つかった。それは他の土器片とは『傑作と習作』の違いほどの造形美だった。驚異的な残存率95%の縄文火焔型土器が復元され、その造形美と共に「国宝」指定となった。その雄姿は、新十日町市博物館・国宝展示室で間近で見ることができる。

(2020年7月4日号掲載)

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