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妻有まるごと博物館

 
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コマツナギ

県自然観察保護員・中沢 英正

 この季節、道端や河原などで暑い陽射しを浴びながら花を咲かせている。 

 漢字にすると「駒繋」。この植物は馬を繋ぎ止めておけるほどに強靭であることが名の由来となっている。もう一説に、この植物が馬の好物で傍をいつまでも離れないというのがある。由来がどちらにしろ、馬が人の暮らしに欠かせない時代があったことの証である。

 この植物は木に分類されたり草に分類されたり…。秋になって茎の上部は枯れてしまうが、下部は木化して残るためである。

 この花や葉しか食べないチョウがいる。「ミヤマシジミ」という翅を広げても3センチくらいしかない小さなチョウだ。幼虫時にはクロヤマアリなどのアリと共生することが知られている。このチョウにとってコマツナギとアリは欠かせない存在であり、どちらが欠けてもこのチョウには未来がない。現在でも微妙な立場にあり、絶滅危惧種に指定されている。

 この植物も重要な役目を担っているのだ。

(2022年7月23日号)

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消えた日記

津南案内人・小林 幸一

 以前、屋敷の秋山郷民俗資料館を訪れた時に、ガラスの扉の中に此処の主の日記が展示されていて、よく見ると明治・大正・昭和の出来事が克明に書かれています。

 私は此処での大正時代の発電所工事を調べているので、工事の始まった大正9年から12年までの日記を探しましたが、どうもその部分が抜けている。管理人のおばあちゃんに聞くと、前にそのまま展示をしていたら、誰かに持って行かれたようだ、と悲しげに答えた。

 後で調べると日記は明治6年に此処で生まれた山田清蔵さんが明治42年から昭和26年まで、ほぼ毎日書き綴った山里の暮らしである。山田清蔵さんは95歳で他界したが、後継ぎの山田庄平さん夫婦が資料を集め昭和43年に民俗資料館を開きました。

 山田清蔵さんは農業の傍ら駄賃稼ぎや小売りを行い、行商人や発電所工事関係者・役人などを泊め、この地域ではわりと裕福な家でした。明治の義務教育免除地でありながら寺子屋のような学校で読み書きを学び、秋山郷では知識人だったと思われますが、その几帳面な人が書いた日記がなぜ盗まれなければならなかったのか?

 他にも欠けている年度もあり、目的は分かりませんが、ただ毎日の山里の暮らしに興味がるのは、民俗学者か発電所の工事関係者くらいしかいないだろう。

後に膨大な日記を何泊もして整理した大学の先生から「これは貴重な資料だから鍵のかかるところへ入れて置いた方がいい」と言われ、現在はガラス戸の中に納まった山田清蔵日記、その消えた年号が示すものは何か? なぞは深まります。(秋山郷民俗資料館は現在閉館しております)

(2022年7月16日号)

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蛍と天の川

津南星空写真部・照井 麻美

 記録的に早い梅雨明けをし、急激に真夏に突入したようなお天気ですが、7月7日の七夕に何をお願いしましたか?

 夏至を過ぎた小暑の今頃、夜8時過ぎに夜空を見上げると横たわった天の川が南東方向に見えてきます。ぼんやりとした天の川の右端を辿れば、赤い星が胸にあるさそり座があり、左端を見れば川を渡るようにはくちょう座があります。

 この写真は蒸し暑い夕方に川沿いや田んぼ近くで蛍と出会った6月末に撮影したもので、山並みに白っぽく映るのが天の川です。

 今年は蛍の数が例年より多く感じられ、まさに乱舞とはこのことをいうのだろうと思い、撮影をしていた私自身、蛍と天の川の競演に心奪われ見惚れてしまいました。

都心にいると小さなビニールハウスの中に飼われている蛍ぐらいしか目にすることができませんが、家のすぐそばで数十匹の蛍を見ることができる生活環境に改めてこの地域の素晴らしさを感じました。この先もたくさんの風物詩が見続けられるよう自然と共存していければと思いました。

(2022年7月9日号)

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倉俣の打ち上げ花火 

津南星空写真部・照井 麻美

 今週は長岡の花火大会でした。フェニックスや正三尺玉など大迫力の花火は体に響き渡る轟音とともに大輪の花で夜空を彩ります。

 今や慰霊・復興・平和への祈りなど様々な思いを乗せて打ち上げられる花火は夏の風物詩となっています。

 妻有地区では集落ごとのお祭りで花火を打ち上げることが多いように感じますが、全国的な歴史から読み解くと打ち上げ花火の多くは江戸時代の飢饉による犠牲者への慰霊が始まりのようです。

 江戸三大飢饉の中で最も被害の大きかった天明の飢饉は多くの犠牲者を出し、時の将軍・徳川吉宗は、この犠牲者らの慰霊のため、水神祭りとして隅田川で花火を打ち上げたとされています。

 時を同じくして秋山郷でも大秋山村や矢櫃村が飢饉のため廃村し、のちに天保の飢饉でも甘酒村が廃村する結果となりました。

 現代でも自然災害や未だ続く感染症など様々な思いを胸に夕べの花火を見上げてみてはいかがでしょうか?(撮影日:2021年9月20日)

(2022年8月6日号)

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モウセンゴケに捕まったアキアカネ

県自然観察指導員・南雲 敏夫

 食虫植物として有名なモウセンゴケ、各地の湿地帯や亜高山帯の高層湿原などに多く見られる。

 丸い独特の葉の先に丸く粘りのある粘液が付いており、なかなか強力で昆虫などが触れるとまず逃げられない。

 画像はアキアカネが捕まっている様子だが、トンボの場合はかなりモウセンゴケ本体よりも大きいが、やはり羽がくっつくと動けなくなり暴れるとなおさらいっぱいの粘液に触れてしまってどうしようもなくなる。

 この粘液は捕らえた後で消化液を出して虫を溶かして養分として吸収する。山中の湿原などでは次第に分布を広げて絨毯の毛氈(もうせん)のように見え赤く丸い葉姿がコケのようにも見える。

 それでモウセンゴケと言うが、尾瀬には葉がとても長く伸びるナガバノモウセンゴケと言うのがありそれてモウセンゴケの中間型のサジバモウセンゴケと言うのもある。それにしても、こんな小さなコケでも秋になると綺麗に紅葉して湿原のあちこちに赤い集団が見えるのも湿原のおもしろさである。

 見かけたらぜひ観察してほしい。

(2022年7月30日号)