01.11まさもと_web広告.jpg
01.11.16ももたろう_web広告.jpg
01.11.16ペペロッソ_web広告.jpg
高見石材_web広告.jpg

明日へ

シリーズ連載

 

『半農半X』の暮らしをめざす栄村協力隊・樋口慎平さん(小滝で)

「すべてが新鮮。ずっと暮らしたい」赴任2年目、『半農半X』を模索中

栄村地域おこし協力隊 佐藤 慎平さん

 「移住して1年が過ぎましたが未だにすべてが新鮮。今年はお試し期間が終わり、どれだけ自分ができるかいろいろ挑戦したい」。都会で暮らす生き方に疑問を持ち、大学卒業後にすぐに栄村に着任した地域おこし協力隊・佐藤慎平さん(25、岩手・盛岡市出身)は農作業で日に焼けた顔で満面の笑みを見せた。

 盛岡市で生まれ、中学から宮城・仙台市で過ごす。大学進学を契機に首都圏へ。埼玉大学教養学部に2年通った後、思い立ち1年間休学。「得意だった英語を学ぶ語学留学と、現地の企業でインターンシップをしようと思って。海外に憧れがあり、今行かないと機会がないと決断しました」。その資金を貯めようと春休みに野沢温泉村でアルバイト。その時、北信地域に初来訪。「ただ栄村には行ってません」。親を説得するため百万円余を貯め納得させてから旅立った。

 向かった先は東南アジア。まずフィリピン・セブ島で4ヵ月余の語学留学。その後、インターンシップでカンボジア・プノンペンで勤務。キリロム国立公園で学園都市を作る構想を持った日本人の会社で働き、そのリゾート部門に配属。アウトドアやアクティビティ(体験)ガイドが仕事。「キャンプも好きだったので、アウトドア知識が増しました」。6ヵ月のインターンシップ後は、バックパッカーとして東南アジア一人旅。ベトナム、タイ、インドネシアなどゲストハウスに泊まりながら巡り、現地住民や旅行者と触れ合った。特に影響を受けたのは「向こうの方はすごくポジティブなんです。『何とかなるさ』という感覚。それを見て自分もやりたいと思ったことをやってみようか、という気持ちになったんです」。実は留学前は公務員や大企業の会社員など堅実な道を選ぼうと思っていた。「最後のわがまま、と言う一区切りで留学したのですが、結果的に考え方が逆転しちゃいました」。東南アジアでは農業も体験。ベトナムで日系企業の2週間、農場で働いた。「有機農法でトマト、オクラとか日本でも食べているものを作ってました。それが楽しくて。農業が将来的な選択肢に加わりました」。人生を変えた旅になった。

 帰国し大学に復学。3年時の夏休みは上田市菅平でブロッコリー農家でバイト。「日本では初農業。やってみたら楽しくて、ますます農業に関心が向いたんです」。この時出会った本が『半農半X(エックス)という生き方』。半自給的な農業とやりたい仕事や自分の道追及などと両立させるライフスタイルを提唱していた。「こういう生き方もあるんだと驚きました。がっつり農業ではなく、農家プラス何かで食べていく方が自分に合っていると思って」。

 この衝撃を経て、職の選択に地域おこし協力隊が浮上。合わせて卒論製作で都市と農村の交流研究を題材に選び、飯山市戸狩地区を調査地とした。北信地域と縁が深くなるなか、栄村が協力隊員を募集していることを知る。都内企業の内定を蹴り、申し込んだ。

 赴任後、県北部地震で大きな被害を受けたが『3百年先まで続く集落作り』を掲げ活動する小滝地区の住民と出会う。「すごくよそ者な自分をオープンに迎えてくれて。田舎と言うと排他的なイメージもありますが全然違いました。自分の話も聞いてくれるし」。住民の暮らしに驚きも。「みんな当たり前のようにコメや畑をやりながら、平日は会社で働く。自分のやりたいことを実践する『半農半X』を普通にやっている。この暮らしは自分の先生だと」。歩もうとしている道の実践者に出会ったことに感謝している。

 1年目は百姓仕事を学びつつ、隊員としてイベントも実施。それが2月に行った野外サウナ企画『コタキサウナ』。テントの中で本格的なフィンランド式サウナを楽しみ、外の雪や冬風で身体を冷やす、自然をたっぷり堪能できる仕組み。今後も行う予定だ。

 2年目の今年。借りている畑の面積を増やし、自分で作った野菜を販売してみたいと思っている。任期終了後を見すえ、最終的には農産物生産・販売と、人と人が交流できるシェアハウスを作り定住することも模索。「いろんな人にもう永住宣言しています。これからもこの地で暮らしたい」。

(2020年7月18日号掲載)

本って最高。好きな本をどんどん

本紙連載『本って最高!』執筆者 高橋 しげ子さん

 「面白いと思う本は、なんでもいいんです。それが本好きのきっかけづくりになります」。

 十日町情報館のこども読書推進担当で自主企画『楽しい読書出前授業』を5年前から続ける。十日町市の小中学校、津南町、長岡市や魚沼市などから声がかかり、学年に応じた20冊ほどの本を持参、45分授業をする高橋しげ子さん(64)。そうです、本紙連載『本って最高!』執筆者の高橋さん。先々週号で紹介本は200冊になった。「まだまだ、楽しい本はいっぱいありますよ」。

          ◇◇◇◇◇

 小学時代、学校図書で借りた本を、自分が読んだ後、祖父も読んだ。「同じ本を読んだことで話が合うんですね。それがとっても嬉しかった記憶があります」。孫と祖父、一冊の本を通じた交流はその後の本好きのベースにもなっている。

 多感な十高時代。英語のESS部活に取り組む中で、同級生が創作の小説を読み、本の世界にさらに魅かれた。「小学4年の作文で将来なりたいもので、小学校の先生かお母さんと書いた記憶があります」。その作文のまま東京学芸大に進み、教職をめざす。「この時期が一番読みましたね。思い出すのはフランス語の先生が『日本の明治の文豪を読みなさい』と言ったことですね。フランス文学ではないんです。文庫本を求め、時間がある限り読みました」。年間数百冊になり本棚は文庫本で埋まっていった。

 千手小学校を振り出しに教員生活スタート。子どもたちに『読書のすすめ』を話し、「好きな本はなんでもいいから読んでね」と取り組む。学級便りでも独自の読書活動を紹介し、それが全国組織「全国うちどくネットワーク」の代表の目に留まる。「忘れもしません。突然うちどくネットワークの会長さんから、直接電話があったんです。プロジェクトの仲間に入りませんかと」。いまの『新潟うちどくネットワーク代表』につながる。4年前、中条小校長を退任後、情報館活動に関わる。

 「うちの子は本を読まないんです、と親御さんからよく聞きます。まずは大人たちが楽しく本を読むこと、本を好きになることで、必ず子どもたちも興味を持ちます。なんでもいいんです。料理の本でもスポーツでも映画でも、自分が好きな本を読み、楽しむことです」、親の質問に答える。

 それも具体的な面白い本を紹介し、その本の面白さを一緒に体感する。「ねぇー面白いでしょう」、『これ面白いですねぇー』と多くの親たちがうなずく。ここに読書へのきっかけづくりがある。

 十日町情報館が毎月発行の「通信」と「よむよむ」には、そんな逸話も担当として載せている。『出前授業』では、さらに本の面白さを子どもたちに「しげ子マジック」で伝える。「最初に聞くんです。読書は好きですか、嫌いですか。ゲーム世代は嫌いが多いようですが本が好きな子も多いです。次に、なぜ大人は読書をすすめるのでしょう、と聞きます。この答えは実に様々ですが、子どもたちの答えは素晴らしいものばかりです。よく考えているなぁと感心します」。子たちとの距離がどんどん詰まる。

 こんなやりとりをする中で、子たちは「髙マジック」にかかり、だんだん本への関心が高まる。ジョークを飛ばし、友だち感覚のしゃべりなど、硬軟取り交ぜた授業は笑いも絶えない。「言葉にすると固くなりますが、読書は心と頭の栄養だよと。高学年には読書は漢方薬だよと。じわじわ効き目が出てくるんだよと。子どもたちの表情が変わりますね」。

          ◇◇◇◇◇

 年間150冊ほどを読む。その読後感を必ず記している。「今年はこれまでに85冊、久々に年間記録を更新しそうです」。つねに3冊か4冊を併読。「カバンの中や家のあちこちに置いておき、時間ができるとすぐに手に取ります」。絵本はこの数に含んでいないが、「絵本を読んで大人も涙します。絵本は本当に面白いですね。親子で読むとさらに面白さが増します。小さい頃から本を身近に感じることです。中学時代は部活や受験で大忙しいで、なかなか本を手にすることが出来ないかもしれませんが、小さい頃の読書習慣は必ずやよみがえります。それが読書の面白さです」。

          ◇◇◇◇◇

 「これは、私の一番のお気に入りです」。4年目に入る本紙連載『本って最高!』で最初に紹介した絵本。猫が主人公の『斎藤洋・ルドルフとイッパイアッテナ』。大人にも子どもにも大人気。この第5巻が8年ぶりに今月末発刊。「もう待ち遠しくて。早く読みたいです」。

(2020年7月11日号掲載)

緑にすっぽりと抱かれるように建つ山小屋(22日、秋山郷で)

持参の水でコーヒーを。左壁は「師匠の作品」

森に抱かれ、生物多様性に魅かれ

30年来の思いの山小屋、地元理解に感謝

秋山郷・見倉 石澤 憲一郎さん

 「ついさっきも、そこでアオバトが鳴いていた。先日は近くにアカショウビンが来た」。深い緑から薄緑まで濃淡の緑に包まれる。それはそのまま樹種の豊かさを表す。「毎日来たいんだが、なんやかや、やることがあるんだな」。自宅から持参の水でお湯を沸かし、ドリップコーヒーを入れる石澤憲一郎さん。この山小屋は30年来の思いがぎっしり詰まる。

 

 秋山郷・見倉。中津川沿いの国道405号の対岸。「自分だけの山小屋ではない。自然が好きな仲間たちや学生時代の友だち、卒論のために自然をテーマに調査活動する学生も来ている」。

 上信越国立公園、小松原湿原の裾野に広がる広葉樹林帯の中津川渓谷右岸。江戸期の文人・鈴木牧之の『秋山記行』を、そのまま歩いた昭和のジャーナリストで民俗学者で歌人の小林存(ながろう)は、見倉で『五戸の里に 女もあるか子もあるか 陽の当たる軒に 赤きもの干す』を詠む。その歌碑が、現在4戸の見倉集落の脇に立つ。

 その石碑から500㍍ほどに山小屋はある。旧草津街道の細い一本道が通っていたが、今は舗装道路が秋山郷の奥へと続く。落葉期には林間に見えるが、緑に包まれると道路からは見えない。「カモシカもクマも、サルやヤマドリも姿を見せる。あの天然記念物のヤマネもいるようだ。野鳥もよく来る。クロツグミ、オオルリ、アカゲラなど、繁殖期の春先は、あちこちで鳴いている」。

 

 信州大農学部林科の学生時代の出会いが今に通じる。「自然への関心は薄かったが、先生との出会いが大きい」。ゼミ恩師の菅原聡氏(現名誉教授)の言葉に大きな刺激を受ける。『mono(単一)カルチャーはだめだ。生物多様性こそ求めるべき。いろいろな樹種があって、いろいろな生き物が生活できる』。もともと大学進学は、家事情から国立に絞り込み、いずれは津南に帰るかもしれない、などと漠然と考え、帰っても活かせるように「農学部」を選択。この進路が人生を決めた。

 予想通り「帰ってこい」の父親の直言。勧められるままに津南町役場を受験。「運良くというのか、その時は落ちた。でも1年間、教授の研究室で働くうちに、津南を感じる出来事に出合った」。伊那谷からアルプスがよく見える。長野が生んだ画家・原田泰治氏の作画の姿勢に触れ、教授からは「村山正司」(元津南町長)の名前を聞き、農文協発行「現代農業」で当時グラビア担当の写真家・橋本紘二氏の写真に衝撃を受け「津南へ帰ろう」と。翌年、再び津南町役場を受験し入庁。

 

 学生時代に受けた刺激は、社会人になりさらに具体的な形で目の前に。高校の生物教諭や地域の自然観察グループと交流する中で『津南町自然に親しむ会』設立メンバーになる。その5月の観察会は、さらに衝撃的な出会いとなった。

 「ここは桃源郷。こんなすごい所があるのか、驚きだった」。秋山郷・見倉。新緑のシラカバの林床に紫のカタクリの群落、桃やオオヤマザクラが咲き、多くの野鳥が鳴き、すっぽり山の懐に抱かれる感覚。「ここだ」。それは直観だった。自然への関心が高まり、自然観察指導員、森林インストラクターの資格を次々と取る。

 実は、学生時代から、ある思いを抱いていた。「山小屋を自分で造りたい」。見倉との出会いの感動は、しばらく自分の中に秘めた。それは「春のいい時期に来て、素晴らしい所ですねぇと地元の方々に話しても通じない。厳しい冬をずっとここで暮らし続ける地元の方々の理解がないと無理」。それから年に何度となく見倉に通った。

 通い始めて10年が過ぎた頃、ついに願いが叶い、かつての焼き畑地で雑木が生える土地を譲ってもらった。その日から、時間を見つけては森の整備に通う一方で、見倉の共同作業にも参加するなど、思いを少しづつ形にする準備を進めた。 

 6年前。町職員を定年退職。知り合いの建築家に基礎と柱と屋根だけを依頼し、あとはすべて自前で2年かけ山小屋を作った。両親の介護をしつつ、冬場も通いコツコツ作った。「思いから30年。できたぁーっという感じかな。いまも時間を見つけ、手を加えている。このテーブルも椅子も、この食器入れも。なんとか作れるもんだね」。木工は「モリクラフト」の山田和雄氏に学び、山小屋完成後、「師匠から完成祝いをもらった」。それは88種の樹種で造った88品のペーパーナイフを一堂に飾った「作品」。山小屋の壁に掲げている。

 

 8畳一間2階建て。屋根裏と1階倉庫を活用すれば10人前後は泊まれる。「見倉の人たちの理解があっての山小屋。ここにいるだけで、ここでぼーっとしているだけで満足。それだけでいい」。電気も水道もない。ソーラーパネル1枚で用が足りる。トイレも自作だ。

 「仕方なく木を切ることもあるが、その木で何かを作ったり、使うようにしている。ここには20種を超える樹種があり、それぞれに関係する生き物がいる。まさに『monoカルチャーではない生物多様性』の森だね」。

(2020年6月27日号掲載)

フルートに思いを奏で20年

銀の笛ピロロ代表 大淵 敦子さん

 「甘い音色の果実」「小鳥のさえずり」などと表現される木管楽器・フルート。そんなフルートに魅了された市民グループの集まりが『銀の笛ピロロ』。その代表を努めているのが大渕敦子さん(65、下条)だ。

 「決してコアなグループではありません。定年退職後の趣味にと始めたり、中年になってしまったけどこれからフルートを吹いてみたい、などといった方も来ています。先ずは楽しんでフルートに親しんでもらおうというグループです」

 十日町市公民館の成人講座を経て20年前に結成。現在、メンバーは30代〜70代まで16人が集う。今年は20周年の節目の年だ。

 「新型コロナの影響で練習会場の段十ろうが借りられず、やっと解禁されてこれから練習ができます。20周年のおさらい会を5月に計画していたのですが、できなくなってしまいました。10月に伸ばして開こうと計画しています」

 ここ数年はギターアンサンブルと合同演奏を開いており、今年もその予定だ。

 「結構、ギターとフルートは音の強弱といい、音色といい相性がいいんですよね。それにこちらは女性ばかり、ギターは男性ばかり。だから発表後の打ち上げは盛り上がるんです。それが楽しみで発表会を開いているという話もありますが」

 フルートとの出会いは中学で吹奏楽部に入ったことから。中2からフルートを担当。高校でも吹奏楽部でフルートを吹いた。そんな関係で吹奏楽の先輩が声を掛け、市民吹奏楽団に。今もメンバーのひとりだ。

 「個人的には、青春時代によく聴いた井上陽水やユーミン、大瀧詠一といった人たちの曲が好き。ただ、練習、発表曲はみんなで意見を出し合って決めています」

 グループ名の一部であるピロロ。逸話がある。

 「メンバーのおばあちゃんが自宅で練習を始めようとしていたら、夫がこう言ったそうです。『またピロロと吹くのか』。その話を聞いて、そうだ、グループ名は銀の笛ピロロにしようと」

 延期のおさらい会は10月に予定しているという。発表会が楽しみだ。

(2020年6月13日号掲載)

ネイチャーゲームを呼びかける岡村さん

ゲームで自然に触れよう

十日町市博物館友の会 岡村 和博さん

 「みなさんの所にネイチャーゲーム指導員を派遣しますよ」—。園児や小学生など、子どもたちから自然に親しみ、遊びを通して自然に対する気付きを促す活動に取り組んでいるのが十日町地域ネイチャーゲームの会。その世話役を努めている。

 「十日町地域で活動を始めて21年余りになる。始めたころは多くの学校や保育園から要望があったけど、最近は少なくなった。会の存在を知らないということもあるかもしれない。ぜひ活用してほしいですね」

 活動例のひとつとして『カムフラージュ』がある。林の中に、針金や人形、空き缶などをさりげなく置き、子どもたちから見つけてもらうゲーム。自然と人工物の違いを学んでもらう企画だ。また蝶や虫などが外敵から身を守るため、色や形を変えて生きている姿なども観察する。

 「子どもたちは目を輝やかせて観察します。発見した時など大喜び。これらは親子でも楽しめます。自然との共生、自然を大切にしようという気持ちが芽生えてきます。放課後児童クラブなど出前授業も行いますよ」

 ゲームは、落葉から短歌を詠む『落葉の百人一首』や風を感じる活動の『風いくつ』、自然の色を感じる『森の色合わせ』など様々ある。どのゲームも自然を感じさせる考え抜かれたもので、基本的なことは世界共通のゲームでもあるという。

 「簡単にアレンジできるものばかり。ネイチャーゲーム協会による指導員資格もあるので、ぜひ先生方からも受講してもらいたいです」

 趣味の中で最も熱を上げているのが海釣り。魚がヒットした瞬間、その手応えがたまらない。

 「20代の時、知人から海釣りに連れていってもらい、その時いっぱい釣れたのでのめり込んでしまった。冬は日本海が荒れるのでムリだが、月1回ほどのペースで行っている。昨年は5・2㌔のヒラメも釣って、いやぁうれしかった」

 釣り仲間もいるがなかなか日程が合わず、ほとんど一人で寺泊や柏崎に向かう。出船は朝5時のため、夜中の2時半や3時に自宅を出る。またイカ釣りなど夜釣りは夕方

6時出船だ。

 「日程が合うなら、ぜひ一緒に行く方、大歓迎です。釣った後は手料理もできるし、友人、近所にくれれば喜ばれる。いい趣味ですよ」

 問合せ先は岡村さん℡090-7411-5214。

(2020年6月6日号掲載)

10年余り太鼓指導する滝澤さん

毎年じょうもん市で演奏を行うメンバー

ドドーンと胸打つ演奏を

中条・縄文太鼓 滝澤 青葉さん

 「ドドーンと響く音が他の何物にも代えがたい魅力です」。中条小中学校の児童生徒がメンバーの『笹山縄文太鼓』を10年余り指導しているのが滝澤青葉さん(38)だ。

 平成5年の中条小創立120周年記念式典の催しの一つとして、太鼓の特別チームを作り演奏を披露したことが縄文太鼓の始まり。当時、旧八箇小にあった太鼓を借りて市内の作曲者が作った曲『中条笹山縄文太鼓』を練習し、小学6年生だった滝澤さんも式典演奏に参加した。

 式典での演奏は好評で、その後、地区内から「その場限りではなく、太鼓チームを作り継続したらどうか」という機運が高まり、笹山縄文太鼓が結成され、太鼓は住民がカンパ200万円ほどを集めて購入。滝澤さんは中学生の3年間、小学校の後輩に演奏を指導していたが、高校に上がる頃に指導者が見つかった。

 縄文太鼓メンバーは演奏の力を付けていき、中条小の大運動会や24年間続いた岡山県総社市・山手小との交流歓迎式、毎年行われる笹山じょうもん市、十日町市和太鼓サミット、トキめき新潟国体の炬火採火式での演奏、十日町きものまつりへの参加などと活動の幅を広げていった。また、高齢者福祉施設での演奏も継続している。

 だが、前任の指導者が亡くなったことから滝澤さんに声がかかり、26歳頃に指導役を引き継いだ。「演奏者と指導者はまったく違う。自分は体で覚えているが演奏の仕方を言葉で表すのは難しく、やってみて形を見せないと、なかなか飲み込んではくれない。太鼓は力が勝負の楽器。2曲演奏するとなれば持続させるために力配分も重要になってくる。やみくもに叩けば良いものではない」と言う。

 平成20年の第9回じょうもん市には世界で活躍する太鼓芸能集団『鼓童』のメンバーが来演して縄文太鼓のために作曲、さらに一昨年も鼓童が中条小に来校して縄文太鼓と「夢の響演」。その際も1曲作ってくれた。それらの曲をもっと活かそうと大人の太鼓チーム『鼓焔』を昨年立ち上げ滝澤さんもメンバーに。「太鼓の音は体に響き会場全体を振動させる。これはどんな高級のスピーカーでも再現できない」と生の演奏の迫力を語る。

 太鼓演奏は中条小の授業にも取り入れられて、児童は学習発表会で演奏する。「縄文太鼓でも発表会でも、良い仕上がりの時は子どもたちの演奏に感動する」。現在、新型コロナ感染の影響で練習は2ヵ月間休止しているが「練習が再開したらゼロから始めるつもりで指導し、聴く人の心に響くチームにしたい」と意気込みを見せた。

(2020年5月23日号掲載)

中身が活きるフレームを作りたいと俵山さん(3日)

古民家材で工房を起業

俵山 直人さん

 長年にわたり家族の歴史を見つめ、住民を風雪から守ってきた古民家の木材を活かした木枠の額を作ろうと、水沢地区の地域おこし協力隊員だった俵山直人さん(34・市内伊達)が工房「ストーリー・ウッド・フレーム」(SWF)を起業した。

 俵山さんは市内六箇地区出身で大学卒業後、都内のインテイリアショップに勤務していたが、北欧圏では100年、200年物の家具が普通に流通して人々に愛着を持って使われることを知り、古いインテリアや古民家に興味と価値を感じるようになった。協力隊員当時の担当地区で集落によっては築100年以上の家しかないという所もあり、「簡単に壊されていく古民家がもったいないと思い、それがSWFに繋がった。その家々には家族を育み続けてきた物語(ストーリー)がある。木(ウッド)が育ち木材になるまでも50年、100年の年月がかかっている。これを新たな形にして誰かに渡そうという気持ちで額(フレーム)を作っている」と言う。

 協力隊員の頃、古民家が解体される時に住民から「古材がいるか」と言われ、何に使うか決めないまま貰って保管していた。しばらくすると都内の友人のイラストレーターから「オリジナルのフレームを作りたいので雪囲いに使った木材がほしい」などと言われ分けてやっていたが、そのうち「十日町生れのお前の手で十日町古材を使ったフレームを作ってほしい」と言われ試行錯誤しながら制作が始まった。その後、カメラマンや祝い事の記念品、結婚式のウエルカムボードなどとして依頼が入るようになった。

 馬場地内の空き民家を利用した工房には様々な工具が並ぶ。古材はフレーム用に製材され、ベルトサンダーで磨くときれいに木目が出て、柔らかく落ち着いた雰囲気のフレームに仕上がる。組み立てにもこだわり、古民家と同様で金具は一切使わずに接合している。これまで集めた古材には、どこの誰の民家だったか分かるように分別して記号を付け、出来上がったフレームの裏板にも同様の記号を印字したシールが貼られている。

 「協力隊員の3年間で様々な人たちに出会ったが、困ったことを口に出すと皆が助けてくれる。雪国人の助け合い精神が生きていて、ここなら生活していけると感じた」と故郷のありがたさを実感している。「フレームはシンプルだけど中に入れる写真や絵が活きるように心掛けている。それらが持つストーリーに重きを置いていきたい」と思いを語った。

 工程や製品情報は「十日町市俵山直人」で検索し、問合せは℡090-5319-2492、メールはswf.tawarayama@gmail.comまで。

(2020年5月9日号掲載)

「souko3247」の金子夫妻(27日)

​『美容師」と『農業』の二刀流

金子利久さん・義映さん夫婦が移住し開店 souko3247

 これまでありそうでなかった『花き農家』と『美容師』の二刀流を実現をめざし、故郷の津南に帰って来た。津南町相吉にきょう5月2日、ヘアーデザイン『souko3247』がオープン。オーナーで美容師は同所出身の金子利久(りく、25)さん。そして同じく美容師資格を持つ、義映さん(31、千葉・白井市出身)がサポート。実家わきの倉庫を改修し、内装は落ち着いた雰囲気の木目調で揃えた。生家の家業である花き栽培に取り組みながら、美容師としても働く。「夫婦とも、本格的に農業をするのは初めて。でも楽しみの方が多いです。美容師をやりながら、お客さんに自分が作る花を見せ、反応をみたいですね」と笑顔をみせる。

 松代高卒業後、美容師の専門学校に通い、その後は居を移し、東京など首都圏に複数店を持つ会社で美容師として働く。系列店にいた義映さんと出会い、1年前に結婚。利久さんは「一人っ子だし、育ててくれた地域に貢献したいからいつか帰らなきゃと思っていたのですが、妻が一緒に津南に来てくれると言ってくれたのが大きかったですね」と振り返る。妻を実家に初めて連れて来たのが、2年前の正月。当然、故郷は2㍍余の積雪期。だがこれが、義映さんにとっては素敵に見えた。「生まれ育った千葉は雪がありません。雪がいっぱいある風景をみて興奮しました。冬は雪、春は新緑、紅葉もキレイ。四季が豊かで住んだら楽しいだろうなって思ったんです」と夫の帰郷に賛成し、移住を決めた。

 実家はアスチルベ、ヒメヒマワリ、シャクヤク、オミナエシなど作る花き農家。4年前から母の伸子さん(63)ひとりで行って来た。「実家に帰りまず農業をしようと思っていましたが、母の協力もあり美容室も出せる事になりました。皆さんの協力がなければオープンできなかった」と感謝。店名は元が倉庫だったことなのと、番地を組み合わせたもの。農業と美容師の二刀流は「美容師は予約の調整が効きやすい所があります。農業の時間とうまく区別できればと思っています」。コンセプトは気軽には入れて、中に入るとお洒落な空間で少し高揚感が生まれるような店。家業で作った季節の花も飾る予定。「地元に貢献したいと思うので、ここで地域の皆さんにカッコよく・可愛くなってもらい、平均寿命が延びればというのが密かな野望です」。

 同店の営業時間は午前8時半〜午後6時半だが、新型コロナの影響で当面は開店・閉店時間を一時間繰り上げる。℡025‐765‐1742。

(2020年5月2日号掲載)

妻有新聞タイトル2-1.png

株式会社 妻有新聞社

津南支局  〒949-8201新潟県津南町下船渡丁2461-2 TEL.025-765-2215 FAX.025-765-5106

十日町支局 〒948-0051新潟県十日町市千歳町2-3-5 サンタクリエイトビル2F TEL.025-755-5227