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明日へ

シリーズ連載

 

修理するカメラを点検する小杉さん

​今もワクワク、カメラ修理53年 直したカメラ・レンズは1万台

カメラのこすぎ 小杉 勝三さん

 目を輝かせながら簡易ラジオの組立てに熱中した小学生時代。ラジオからカメラに形は変わったが、ワクワク感は当時と変わらない。「この仕事が好きなんだなぁ。一度たりとも嫌だと思ったことはないよ」。そう話すカメラ修理専門店『カメラのこすぎ』の小杉勝三さん(78、十日町市四日町)。修理技術を持つ人は県内でも数えるほど。店を構えて53年、これまで直してきたカメラ・レンズは1万点を超える。

     

 中条中を卒業後、3男だった小杉さんは父親から「早く職を手にしろ」と言われ、集団就職で東京へ。芝浦の電気工場で1年ほど働いた後、カメラの販売も行っていた卸問屋に就いた。そこでカメラメーカーのサービスセンターで見習い状態ながらも働くことができ、カメラの修理を間近で見ることができた。手作業の仕事が好きだった小杉さんは、すぐにカメラ修理の魅力に取りつかれた。ただ、そこは職人の世界。「修理方法を教えてもらえることはなく、『技術は見て盗んで覚えろ』式だった。顔を近づけて見ようとすると、『じゃまだ』とヤスリで叩かれたよ」。10年近く働きながら技術を取得。自分で商売をしたいと、経営専門学校にも2年間通った。

     

 ふるさと十日町に戻って店を開いたのが昭和42年。帰郷したのには訳があった。仕事の中心だった東京・新宿で目を侵されたからだ。原因は光化学スモッグ。その名が出始めた頃だ。「とても住んでいられない」。

当初、店は国道の反対側だったが、50年に道路拡張で現在地に移転した。きもの産業の好景気で店も繁盛した。「1台修理が終えると、すぐ後から別のカメラが持ち込まれた。常に机の上には30台のカメラが修理を待っている状態だった。一晩徹夜で12台を直したこともあったよ」。また、きものメーカーから大量の写真の依頼が来たり、16㍉の映写技師の資格を持っていたことから、学校や公民館などから「映写会をしたいから来てほしい」と引っ張りだこの時もあった。

     

 今も『カメラを修理します』の看板を掲げる小杉さん。時々、のぼりを見た道行くドライバーが顔を覗かせ、「写真店で修理を断られたカメラだけど、これ直りますか」と持ってくるお客さんもいる。「父の形見だから直してほしいというお客さんも多いね。部品がなければ、自分で部品を作って直すよ」。さすがにレンズの軸がずれたものや、部品まで強化プラスチック製が多いデジカメは直しが難しいが、ほとんど修理可能だ。

     

 10年前に妻を病気で亡くし、今はひとり暮らし。「子どもの時に家族の食事係を任されたこともあり、その体験が今に生きているよ。それに親族も近くにいるしね」。まだまだ健在ぶりを見せる。 「あと2年で80歳。一区切りをつける年齢でもあるからなぁ」。とりあえず、80歳までは現役を貫くつもりだ。

(2020年10月17日号掲載)

雪里留学実現に取り組む久保田智恵美さん

小中一貫教育が成果を上げる「まつのやま学園」。雪里留学に地域で取り組む

​「雪里留学」、子たちを生き生きと

​小中一貫まつのやま学園、久保田 智恵美さん

 「変わらないために、変えていく」、「教育は地域づくりと同じ」。38年間、教育畑で培った感性。いま何が必要か、その手ごたえが確信に変わった。その実践に3年間、「小中一貫校・まつのやま学園」の学園長として取り組み、さらに『雪里留学』の受け入れを全国発信するため、地域の牽引役になっている久保田智恵美さん(61)。学園長在職と同じ3年間、十日町市のミッション型地域おこし協力隊となり「縁を感じる地」松之山で、ストレートで熱き言葉で「何が大事か」、本気の笑顔で訴えている。

 

 昨年10月、十日町市で「小中一貫教育小規模校全国サミット」が開かれ、小学1年から中学3年まで9年間を『4・3・2制』の教育システムで小中一貫教育に取り組む実践を発表した。大きな反響を受けた。まつのやま学園開校の準備から関わり、初代学園長を3年間務め、学園のベースを築いた。この4・3・2制の理念は『立場が人を育てる』。そのねらいは「リーダー育成、中1ギャップ解消」。

 それは3区割の最高学年「4年生、7年生、9年生」は、9年間で3回、リーダーとなる場があり、まさに『立場が人を育てる』実践だ。学園生百人余を引っ張る教職員35人は「チームまつのやま」。3年間で学園の礎を創りあげ、その理念「生き生きとした子どもが育つ学校」の屋台骨はしっかり受け継がれている。

 

 旧松之山町は、昭和61年から「山村留学」受け入れ、20年間取り組み、小中学生から高校生まで176人が県内外から松之山で学び、平成5年度第7期生は21人が在校、地元民家でホームスティし学校生活を送った。

 住民の思いはつながっている。少子化で「変わらぬ思い」をつなげたのが小学校統合で誕生した小中一貫校「まつのやま学園」。その思いをひしひしと感じ、「教育は地域づくり」を全面に出した『雪里留学』という新しい理念を打ち出し、牽引役になったのが久保田さん。学園長の3年間は地域の思いを見える形にする3年間でもあった。

 小中一貫校。十日町市は全市で導入するが文科省認定小中一貫校は「まつのやま学園」だけ。少子化で学校再編に迫られる中で、松之山住民は『学校への思いは変わることがない。その変わることがないことを守るために、変わることが必要』と賛否あるなか統合を進め、小中一貫校まつのやま学園が誕生した。それは、開校準備から関わる久保田さんの『変わらないために、変えていく』、そのもので、地域に入り込み、住民と語り合い、思いを凝縮した学校、それがまつのやま学園だ。

 「雪里留学」は少子化対策、学校存続を全面に出すわけではない。まつのやま学園の特色教育の発信だ。4・3・2制、英語だけでなく外国語を楽しく学ぶ小学1年からの「E-タイム」。小中一貫による教員の相互交流、さらに恵まれた自然環境活用、地元住民との体験交流など、「いま子どもたちに何が必要か」、それを一番に据えた教育環境を作り上げている。同学園への入学は市内外からできる。

 久保田さんの任期は3年間。この期間中に雪里留学のベースを築きたい考えだ。今年は具体的な実施計画を創ると共に実行委員会を立ち上げる。地元や教育界からも人材を入れる。課題の学生宿舎も具体化する。来年2021年は第8回大地の芸術祭。情報発信の好機であり、県内外への広報活動、さらにオープンスクール開催、体験的なプレ留学も実施し、3年目には募集開始と共に短期留学を受け入れ、雪里留学へ移行したい方針だ。

 

 久保田さんは話す。「この狭い地域だけで考えることなく、教育は人づくりと共に地域づくりであり、この学校は学習だけでなく、この松之山の自然や地域の人たちとの関わりで、生き生きした子どもを育てること、それが最大の目的」。新コロナで『脱都会』傾向が進み、じっくり子育てしたい、生きる力をつけたいとする価値観が広がっている中での、まつのやま学園を見ている。

 さらに「学習面を心配する親がいるが、まつのやま学園の習熟度は高く、勉強だけでなく、学園生活を通じて大きく成長する。それは活躍の場が設けられ、一貫教育により中学の専門教科教諭が小学で教えられ、先生間の協力体制ができ、まさにチームまつのやまで子どもたちを支えることができる。このマンパワーはとっても大きい」。学園長の3年間で、そのベースを築き、しっかり継承されている。

 「子どもたちは学力を含め確実に変わってきている。子が変われば、親の意識も変わる。ここの良さに気づき始めている親たちは、まつのやま学園を調べよく見ている。雪里留学の情報発信はここの良さの発信でもあり、全国に広めたい」。

今秋、新たに移住家族の2人が入学する予定で、この3年間で4家族の5人がまつのやま学園で学んでいる。久保田さんと松之山の挑戦は続く。   (恩田昌美)

(2020年9月26日号掲載)

留学先の豪州で個展を開く小林さん

オーストラリアで現代美術

小林 誠一郎さん 留学先で製作、表彰も

 オーストラリア(豪州)で来年、個展を—。パソコン・プログラミングとシルクスクリーンを駆使して現代美術に取り組んでいる十日町市出身の小林誠一朗さん(26、山野田)。中央大学卒業後、南オーストラリア大学で現代美術を学び来年、同国で個展を開く計画だ。小林さんは「先のことは見通せないが、作品づくりは続けていきたい」と話している。

 小林さんは十日町高卒後、中央大学に入学、総合政策学を学んだ。もともと絵を描くのを得意としていたこともあり、4年時に交換留学で豪州に行った際に美術への関心が高まり、中央大卒後、美術系大学として名門の南オーストラリア大に入学。3年間、現代美術を学び、昨年卒業した。卒業展覧会の作品は表彰され、アデレード市に買い取られた。「来年、もう1年学ぼうか、いま検討中です」。

 個展は今年、芸術支援団体・ヘルプマンアカデミーの補助金を得て開く予定だったが、豪州も新型コロナ問題があり、その影響で1年間、先送りとなった。デジタルプリンターと違い、シルクスクリーンは制作過程で実際に手作業を行う。「人の手が入ることで、作品に説得力が出て来るんですよね」と小林さん。個展では小品から約2㍍四方の大きなものまで8、9点ほど展示する予定だ。「再来年以降のことは分からない、個展の評価次第」。『新米アーティスト』の厳しい現実もある。

 高校時代などに大地の芸術祭が開かれていたが、「その時は興味がなかったから見ていない。面白そうな作品があれば見てみたい」。いつか小林さんの作品も展示される日が来るかもしれない。先ずは、クリエイティブな作品を豪州から発信する。

 なお、小林さんのウェブサイトはseiichikobayashi.com、インスタグラムは@stupidasapainter

(2020年9月12日号掲載)

小林さんのシルクスクリーンによる現代美術作品

テレワークから観光へと井比さん

新型コロナ、新たな生活スタイル提供

HOME away from HOME Niigata 社長 井比 晃さん

 新型コロナ拡大で「新しい生活様式」が強いられるなか、土市地区にある旅行会社HOME away from HOME Niigata(ホーム・アウェイ・フロム・ホーム・ニイガタ)の社長、井比晃さん(36)は「単に旅行商品を売るだけではなく、新たな生活スタイルを提供する形も進んでいる」と語る。

 井比さんは柏崎市出身で結婚情報誌「ゼクシィ」に勤務。十日町市にも取材や営業でたびたび訪れ他とは違う魅力を感じていた。「このままサラリーマンでいいのか」という思いもあり、平成26年に十日町の地域おこし協力隊員として水沢地区に着任した。林の中で樵(きこり)をしながらの婚活、農業関係者を集めて全国各地のブランド米を試食して自分たちの稲作を見つめなおす催しや、大地の芸術祭で水沢地区を国内外へ発信し、来訪者の動向を分析して次回展に活かすなどと目新しい手法で活動してきた。

 隊員当時、外国人記者クラブで十日町の魅力を伝える催事をすべて任され取り仕切った。地元のお母ちゃんたちも連れて行き田舎料理を振る舞う。「ほれ、ゼンメニくゎっしゃい」(ほら、ぜんまい煮食べなさい)と言葉が通じようが通じまいが、十日町弁丸出しでもてなそうという、明るく元気なお母ちゃんのパワーに井比さんは触発された。外国人記者たちも「雪や着物、アートもいいが、お母ちゃんたちがいい」と大好評だった。

 その時「十日町の『人』こそ地域の魅力だ」と気付き、協力隊員退任後の旅行会社起業へ繋がった。平成29年に会社を立ち上げ「人と触れあう」「田舎料理を味わう」「古民家を楽しむ」など地域の財産を活用した旅行商品を開発した。世界を写真で紹介するナショナルジオグラフィック誌の米国人カメラマンらがホーム社を利用して十日町に来たが「数十回日本に来たがここは飾っていない。観光者は我々だけで、既存の観光地では体験できない日本を感じさせてくれる。このスタイルを変えないでほしい。5本の指に入るほどの素晴しさだ」とホーム社が企画した観光を絶賛した。

 コロナ禍の移動自粛被害は旅行業も襲った。しかし、通信環境さえあればどこでも仕事ができる「テレワーク」が注目され普及した。「当社は開業以来ずっとテレワーク。大都市への一極集中の弊害に多くの人が気付いた。生活基盤の分散先として十日町が選ばれるようにしたい。ワーク(仕事)とバケーション(休暇)が一体となった『ワーケーション』を進めていく。2か所、3か所と生活の拠点を持つ人も現れるだろう。十日町で仕事をして疲れたら近くの温泉でゆったりという提案もできる」と将来の会社の在り方を見通す。

 ホーム社の拠点は空き民家を改装した「みんなの家」。会社であり交流施設で宿泊施設も整えている。4月以降の宿泊はびっしりと埋まりワーケーション進行の兆しが見える。「十日町に来て仕事をする人に、十日町の観光資源を提供していきたい」と話している。

(2020年9月5日号掲載)

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