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オピニオン2020

(2020年12月26日号は休載)

「核のゴミ」処分の手続きについて

村山氏の質問に答える

 先々週(12月5日号)本欄、村山氏の「11月21日号の本紙に、文献調査に応じれば歯止めがきかずそのまま最終処分地になる法律の仕組みになっている、とあった。その根拠を教えてもらいたい」にお答えします。

 その記事は「核のゴミ講演会」の報告記事でしょう。講演会主催団体を代表してお答えします。

 まず、経緯を簡単に。

 国は、原発の使用済み核燃料再処理過程で出たゴミを地下深くに埋め捨てる方針で、適地を探しています。場所の選定には、文献調査、概要調査、精密調査の3段階の調査が必要です。このほど北海道の2町村がその文献調査受入れを決めました。受入れると最大20億円の交付金がもらえます。

 報道によると、2町村長とも「概要調査には進まない」と言ったようです。講師はそれについて、「文献調査を受けたら、次の調査、またその次の調査に進まざるを得ない」旨、話しました。

 「特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律」第6条第1項に「機構は、概要調査地区を選定しようとするときは、(中略)文献その他の資料による調査(次項において「文献調査」という。)を行わなければならない」とあり、第2項に「機構は、(中略)文献調査を行ったときは、(中略)当該文献調査の対象となった地区(中略)のうち(中略)適合していると認めるものの中から概要調査地区を選定しなければならない」とあります。

 「機構」とは原子力発電環境整備機構で、核のゴミの最終処分計画を作成するなどの目的で作られた法人。以下、第7条(精密調査地域の選定)、第8条(最終処分施設建設地の選定)でも同様の文言になっています。

 要するに、機構は、文献調査地区から概要調査地区を、概要調査地区から精密調査地区を、精密調査地区から最終処分施設建設地を選定する義務を負っています。それで講師は、自治体から「次に進まない」と言えないと話したのです。

 ただ、文献調査が複数の場所で行われた場合、絞り込み段階でほかに適地があれば、知事や市町村長が「次に進まない」という自治体を外す可能性はあります。講師も、その部分の説明が不十分だったと詫びています。

 また、「特定放射性廃棄物の最終処分に関する法律」第4条第5項に「経済産業大臣は、(中略)概要調査地区等の所在地を定めようとするときは、(中略)都道府県知事及び市町村長の意見を聴き、これを十分に尊重してしなければならない。」とあります。経産省や機構のパンフレットには「地域の意見を聞き、反対の場合は次に進まない。」とあり、経産相は9月8日の記者会見でそのことを明言しました。

さらに講演会後になりますが、北海道知事の申し入れに対して、経産相は文書で「知事や当該市町村長が反対であれば選定プロセスから外れる」と回答しました。

 第4条の「尊重」の意味するところ、経産相発言の評価については見解が分かれるかもしれません。私は、ほかに適地がなければ、第6条以降の「選定しなければならない」の方が強いように思います。そのための交付金ではないでしょうか。

「覚悟のほど」、再度考えねばなるまい

田部井淳子さんの言葉

元ゆずり葉編集委員・松崎 房子

 前回投稿以来、殊の外『覚悟のほど』という言葉に触れたり考えたりした。今でもすらすらと歌える古関メロディーにひかれて、何年ぶりかで朝ドラを見ていた。そのあと始まったドラマも、神戸育ちの私には忘れ得ぬ人「浪花千栄子」がモデルという。今は少女時代を演じる目を見張るほどの子役が、素晴らしい演技で圧倒している。貧しい育ちで自立していく過程が強烈な印象を与える。 

 覚悟をもって日々を生きていく姿に、果たして私は覚悟をもって生きた事があったかと問われている気がしている。

 戦火を逃げ回った時に、いくつかある防空壕に祖父と逃げ込んだが、母や祖母とは違う壕に入ったみたいで、母や祖母とは生き別れたと、覚悟をした。空襲警報が解除されてみれば事なきを得て、無事母たちの元に戻れたのだが、あれが私の覚悟の初めだったか。

 そのあと結婚する年齢になったが時、祖父母や母を養わねばならない身では結婚はできないと覚悟を決めた。それも奇特な人に会えて、人並みに結婚もし、3人の子どもにも恵まれた。そんな覚悟とは言えない決心しか、して来なかったのを顧みて、どこまでも甘いなーと赤面する。

 そんな時、ラジオで田部井淳子さんの事を聞く機会が何度かあった。先日のラジオはご子息のお話だった。子どもの時のお母さんは、特に厳しく話しておられた事があったそうだ。誰が出かけるときも必ず見送れと固く言われた。どんな様子で、そんな服装で出かけたかを見送れとの事だった。女性で初めてエベレスト登頂を果たした人の言葉は説得力が尋常ではない。 

 もう一つはトイレットペーパーが無くなった時に、放置してはいけない。必ず後の人のために準備をしておきなさいと、それはそれは厳しく叱られたとか。そんな事は自分でなくても誰かがやればいいと反論したが、その準備の甘さがとんでもないことを招くと、もっと叱られたとか。一歩一歩・一秒一秒に命をかけて事を為す人の覚悟なのだろう。

 最近はコロナ騒動が再燃して、医療崩壊が目前だと報道が危機感を伝えている。ひとたび家を出たら無事帰る保証などない戦時中ではないのに、それも覚悟をしておけということか。

 せっかく弾の飛んで来ない時代をやっと手にした筈なのに、ウイルスという目に見えない敵に怯える時代が来るとは。覚悟のほどを再度考えねばなるまい。しかし覚悟だけでは乗り切れそうもないウイルスは不気味だ。

放射性廃棄物にほっかむりはできない

文献調査に応じた二つの自治体

会社員・村山 朗

 先月のこの欄でも紹介されていましたが、北海道で目を見張るニュースがありました。二つの自治体が高レベル放射性廃棄物の最終処分場の文献調査に応じたのです。 

 2007年に初めて高知県東洋町がこの調査に立候補を表明しましたが、地元の反対で撤回したことがありました。国が2017年に候補地を記した「科学的特性マップ」を公表後、初の応募です。筆者は、原子力発電はないほうがいいと思っています。さりとて1966年に我が国で原子力発電が始まって以来、半世紀の間にたまりにたまった廃棄物処理の問題は自前で解決するべきだと考えます。

 日本が締結している国際条約「使用済燃料管理及び放射性廃棄物管理の安全に関する条約」には、原則発生した国で処分されるべき旨が規定されているそうです。かつて我が国の電力需要が増大し、火力発電の割合が多くなる中、石油資源はあと数十年で枯渇するので石油を燃やす代わりに原子力で発電する、と習ったと記憶があります。

1970年代の二度のオイルショックで原油が高騰し、原子力発電の比重はさらに増しました。一方で石油資源の採掘技術が進み、油田は世界各地で開発され、今や石油資源枯渇の話はほとんど聞かれなくなりました。 

 東日本大震災後、原子力発電所がほぼ稼働を停止した今、我が国の発電に必要な燃料はほぼ輸入に頼っています。たまたまこのところ輸入原油の殆どを頼っている中近東に大きな紛争が起きず、原油の輸入が断たれるという悪夢のような出来事は起きていませんが、いずれにしろ脆弱な基盤の上に我が国のエネルギー供給体制が成り立っていることには間違いがありません。

 いずれ原子力発電ではなく再生可能エネルギーで電気を賄える日は来るでしょう。しかし廃棄物処分はエネルギー政策の欠かせない一環です。これまでの廃棄物にほっかむりすることはできません。先々週の本紙に、この文献調査に応じれば、歯止めがきかずそのまま最終処分地になる法律の仕組みになっている、とありました。

 もし、本当にそうなら具体的な根拠を是非お教えいただきたいと思います。かつて特定秘密保護法が成立すると、集まって噂話をするだけで拘束されると訴えた方たちがいました。そうなったでしょうか?金目当てと揶揄する向きもありますが、自分たちの住む自治体がどうやったら消滅しないで済むかを真剣に考え、その逆になる可能性もある政策を選択した首長達の決断は重要な第一歩だと思います。

人命と経済的プラス、考え方転換必要

ウィズコロナ時代

経済地理学博士・清水 裕理

 ニューノーマル時代という言葉を最近よく聞く。意味としては、新しい(ニュー)常態(ノーマル)ということだそうだ。

 さらに、サステナブル(持続可能性)やSDGs(持続可能な開発目標)という言葉も、よく耳にするようになった。

 どちらの言葉も、具体的なことを尋ねられても正確に答えられる人はいないように思う。言葉の概念は大事だが、まだよく分からないので、これから考えていくのかと漠然と捉えていた。

 しかし、ウィズコロナとなってから、これらの言葉の持つ意味あいが、前より重く感じられるようになった。

 冬の到来を前に、コロナ第三波の拡大が不安視され、人命優先か経済優先かの議論が再燃している。

 議論の結論を言うならば、人命も経済もどちらも両立する道を見つけなければ、将来的にうまくいかないということなのだろう。

 それが可能となるニューノーマルな時代を我々はこれから築いていけるのか問われている。

難しい局面を一つ一つ乗り越えなければならないのだと思うが、例えば、いまGO TOトラベルの運用見直しについて対応が分かれている。

 この紙面が出る頃にまた違う動きがあるかもしれないが、札幌市と大阪市は一時停止が決まり、東京は現時点ではそれを見送った。

 テレビ等の報道や会見を見る限りでは、小池東京都知事は、できればGO TOトラベルの一時停止を東京でも直ちにしたいが、簡単に出来る状況にないという様子に映った。

 北海道と大阪の首長に判断力があり、東京の首長に判断力がないといった単純な話でもないような感じを受けた。

 東京は、都市の規模が他に比べてかなり大きく、経済への影響が大きすぎる(コロナ感染の影響も大きいのだが)ため、身動きが取りにくい状況にあるのだろうか。そうだとしたら、規模の大きさは、経済的にはプラスという考え方があったものが、人命との両立においては難しい状況をつくり出しており、持続性の観点からは、今後も難しい局面が続く可能性がある。考え方の転換が必要になってくるかもしれない。

 目の前は、医師会が医療崩壊の危機感を訴える緊急事態で、現場と施策が一体となり、不安の少ない時代をいかに築いていくことができるか、大きく試されている。

『月桃』のようなカンフル剤を心の奥深く

病気と薬

秋山郷山房もっきりや・長谷川 好文

 山に3回雪が降って、ここにも2日続けて雪が来た。カレンダーは11月11日を廻っていた。やることが沢山あり、その一つひとつを天気を見ながらやるのだが予定通りには出来やしない。重機を津南に下げたり、飯米や冬季の食糧や燃料をしまい込みたいのだが天気ばかりは思い通りにならない。冬の準備も大変だと感じる歳になった。毎年のインフルエンザのようなものである。

 そんな大忙しの頃、兵庫からお客さんがやって来て仕事が止まった。

 お客は癌を持っていてここ数年闘病を続けている。力が入らないと言いつつも私には元気そうに見えた。医者は「良くはない!」と言ったという。

 昨年は投薬療法で頭髪が抜け、ウィッグを幾つも買ったという。その一つを私の頭に載せ「似合うわ」と云うのだ。冬になると寒い私の頭用にもらうかと思うのだが、お互いにゲラゲラと笑うだけしか出来なかった。

 病と医師と薬は日々暮らす人間にとって切っても切れない関係を持っている。生きるということは病を生きるということでもある。今年のコロナ禍を見ても人間は病と共存していることを学んだのだ。外国でワクチン開発が進んでいるという。だが、それだけで全てなかったかのように人は暮らせるのかと頭をひねる。

コロナにしても癌にしても、人間に係わる病は心臓や脳や歯痛や指の棘まで、いつもついて回るものであるのだろう。

 兵庫の彼女はこう言った。「病気は病気として、残りの時間を病院ではなく、長い間思い描いていたことに向けて過ごそうと…」。女性らしい感性で『お茶の店』を開いた。病が教えてくれたということだと。店の名は「月桃」(げっとう)と名付けた。

 そうなのだと気が付いたとき、病や医師や薬だけではない人間の本来の力が加わらなければ、人は病を越えられない。自己の中にある薬をカンフル剤とするのだと…。私にはまだ立派な病名の病はないけれど、この冬へ向かう時期に怪我だとか事故が一番の重い病になるだろうと気が付いている。だとすれば平時、なんでもないような顔をして暮らしていたとしても、私の場合は病=死ととらえて、何もない今だからこそ『月桃』のようなカンフル剤をこころの奥深くに打ち込まなければならないだろう。

 面白きこと、やるべきことを掘り起こして向かっていれば元気になれるだろうし、やって来た「老い」とも付き合って行けるように思うのだ。それが私の人生の薬なのだと考えることにした。

「田舎には田舎の静かな光がある」

山尾三省の詩

清津川に清流を取り戻す会・藤ノ木信子

 春の頃のスティホームや一斉休校、リモートワークなどのコロナ自粛はいったい何だったんだろうというほど、秋の観光施設は賑わって、ベビーカーのちびっ子から杖をつく高齢者まで密になっている。この国の政策、大丈夫? と換気や消毒に毎日忙しい。

 国が補助する1枚千円の地域共通クーポン券はお釣りが出ないので、ツアー客は買い物ゲームのように丁度千円にしようと頭を使う。電子クーポンはデジタル化を推進する国なのに使い勝手が悪く、QRコードがスキャンできないことも多く利用者はスマホを手に奮闘している。全国でコロナ感染者数がじわっと増えて地方に拡がっている。第3波はGoTo効果か?…ああ、でも文句言えないよ、うちもGoToに巻き込まれてクーポン券の恩恵受けている家業だし。 

 しかしコロナで雇い止めになったり、失業した人達はこんな政策で助かるのだろうか、本当に困っている人にお金が回らないといけないのに… GoToトラベルを使って旅行に出られるのは、お金と時間に余裕のある人だけだよねと、毎日悶々としながら仕事に追われている。

 Withコロナで経済を回すと言う建前の後ろには大きな勘違いが隠れている。経済を重視し過ぎると大事なことを見失う。GoToキャンペーンを企画した政策担当には、防疫対策を国民まかせにして、目先の損得で釣って命や暮らしを蔑ろにするなと言いたい。私もGoTo騒ぎにまんまと乗せられている一人だから、自分への警鐘として次の二つの言葉を載せておく。

 一つ目は「自分が生きた証を残したい」という意見に、仏門に帰依する人が答えたものだ。「雪かきは残りません。明日にも雪が降れば元通り、春になればリセットです。でもやらないと道は通れず家は潰れます。大事な仕事ですね。それに、家も道も千年後は多分ない」。そう、この価値観は大切だ。

 損得でなく、名前を残すこともない仕事を広く評価すること。でもその評価も千年後には形がない。雪かきのように、経済視点で見ると意味がなく生きた証も残らないことも、「やる」ことに意味があり、命や暮らしを繋ぐために大事なことだ。

 もう一つは詩人山尾三省の詩で、まるで GoToキャンペーンの浮かれ騒ぎを戒めるような冷静な言葉だ。「田舎には田舎の静かな光がある。権力を望まず経済力を望まず知力さえも望まず、ただいのちのままに日々しっかりと努力によって暮らしている人達の静かな光がある」…国がどんなに浮かれても見失うことなかれ、この地の静かな光。

「立候補」の2町村、核のゴミ問題も

原発再稼働問題を探る

 新政権が「脱炭素」を言い出した。原発の新設も考えているのだろう。

 10月30日、原子力規制委員会は東京電力・柏崎刈羽原発の保安規定を認可した。これで同原発7号機の再稼働に必要な3つの審査が全て終了。今後は安全対策工事、事業者検査が順調に進めば、技術的には来年4月に再稼働が可能となる。

 こんなにトントン拍子に行っていいのだろうか。そもそも東電に、福島第1原発事故を起こした当事者としての自覚や反省があるとは思えない。

 残るは、再稼働に必須とされる、東電と安全協定を結ぶ柏崎市、刈羽村、県の事前同意である。

県は、東電福島第1原発事故の「三つの検証」をまとめる県の「三つの検証委員会」および検証総括委員会の議論がまとめるまで再稼働の議論はしないと言ってきた。

 10月27日、検証総括委員会の池内了委員長のインタビューが『朝日新聞』に載った。池内委員長はインタビューの中で、報告書について、「住民の意見を無視して結論を急ぐのは良くない」と述べ、取りまとめ前にタウンミーティングなど県民の声を反映させる場が必要との認識を明らかにしている。もっともなことであろう。

 もう1つ、周辺自治体の動きにも注目。事前同意を、立地する柏崎市と刈羽村だけでなく、30㌔圏内に広げることをめざす地元議員らの研究会が8月30日に設立された。茨城県の原電東海第2原発と周辺自治体が結んでいる安全協定と同じようなルールづくりをめざす。原発がらみでは、10月初めに北海道の2町村が核のゴミを埋める最終処分地に選んでほしいと「立候補」した。

 高知県東洋町の町を二分する騒動以来、受け入れ表明はなかっただけに、北海道の話で済ますことができないように思える。

 2町村はどうしてこのような選択をしたのか。

核のゴミを地下に埋め捨てる「地層処分」は地震が多い日本で可能か。地層処分地の適否を色分けしたという「科学的特性マップ」とは何か。

 「今、知りたい」人のために基礎から学ぶ学習会を用意しました。ぜひおいでください。

 ▼「核のゴミ」の地層処分を考える学習講演会

〜「科学的特性マップ」の問題点〜▽11月15日(日)午後2時〜▽十日町情報館▽講師・大野隆一郎氏(元高校教師)▽定員90人▽参加費500円▽マスク必ず着用▽主催は十日町・津南地域自治研究所(齋木文夫代表)

世間に置いて行かれるー

2020.10.31

デジタル? でじたる?

元ゆずり葉編集委員・松崎 房子

 菅内閣の目玉は【デジタル庁】の新設だそうだ。現代には必需との事だが、私にはどのように関係があるのかさっぱりわからない。年の所為にしたくないが、近頃ミスが続いている。クレジットカードが見当たらなくなった。電話料金の決済にも使っているので、その旨電話会社に申し出た。変更になった番号をちょいちょいと連絡すればよいのかと思ったら飛んでもない。予約を取って店舗に来てほしいという。カード番号変更はほんの一瞬で済み、この際だから回線をまとめた方が便利だとか、お安くなるとか、あれよあれよという間にその気にさせられた。世間では電話で詐欺に巻き込まれて何十万、何百万と騙されたとか毎日のように聞かされてそんな言葉に騙されるなんて、と客観的に見ていた。でもそれは経理の経験があり、対処の方法が少しは解るから偉そうに私は引っ掛からないと思っていただけだった。日本語には違いないが,カタカナがやたら多い。アルファベットの短縮ときたらだんだん頭にカスミが掛かってきて訳がわからなくなる。

 いつの間にか会社が変わり、何とかプランに入る事になった。挙句の果てにカードが見当たらなくなって二ヵ月近くになる昨今、とんでもない所からひょいと出てきた。あーあー‼

 以前藤ノ木信子さんが書いておられたが、マイナポイントの事。マイナンバーカードを全国民に持たせるための餌だとは思っている。藤ノ木さんは「ポイントにつられたわけじゃないよ」との事だったが、私はポイントゲットを狙っている。当初は国民管理の番号振りだと、苦々しく思っていて、私なりに作らないで抵抗したが、昨年パスポートが期限切れになって、五年物にしろ、十年物にしろ、これから取得するのは考え物だと思い、身分証明の替わりにカードを作成した。

 丁度仕事上でも必要になったので、結構な頻度で使っている。ここ迄来たら利用出来る事は利用しようとして、マイナポイントに申し込もうと挑戦しているが、中々たどり着けないで四苦八苦している。近頃は何かにつけホームページを見よ!スマホで検索! で片付けられてしまう。先の電話会社でも、スマホにしましょうよと強く勧められた。変化についていくのは大変で、今は心の余裕が無いからと断った。チャンスを遠ざけたのは自己責任かも。

縄文の充実、印象薄い織物の産業史

新博物館を訪ねて

2020.10.24

会社員・村山 朗

 先日、遅ればせながら新博物館を訪れました。「縄文の遺産・雪降る縄文と星降る縄文の競演」と題する特別展が開催されているからです。お目当ては縄文のビーナスで、ともに国宝の火焔型土器と縄文のビーナスを同時に鑑賞できる素晴らしい企画です。

 縄文のビーナスしか予備知識のなかった「星降る縄文」の長野県や山梨県で発掘された国宝級の土器・土偶の数々にも心を動かされました。優れたデザイン・形の縄文土器は「雪降る縄文」火焔型土器だけではなかったのですね。

 また古代に人の行き来があったかのような新潟・長野・山梨からの共通の出土品、ヒスイや黒曜石にも驚かされました。甲信越地域の古代人の交流や共通の美意識を強く感じます。あちこちで美しいものに目を向ける余裕のある生活があり、ムラの工芸作家たちが活躍していたんでしょうね。この特別展は11月8日までとのこと、興味のある方はぜひ足をお運び下さい。

 さて常設展に目を移すと、全体に散漫な印象があった旧博物館に比べるとテーマを「雪と信濃川」「縄文時代の火焔型土器のクニ」「織物の歴史」の三つに絞り、それぞれ展示室を分けて映像や画像を大幅に取り入れた形になりました。中世の生活の展示が縮小され、昔の雪国の生活に重点を置いた民俗的な展示が主体となっています。

 縄文時代の展示も実物の展示だけではなく、重量感のある模型の火焔型土器を組み立てるパズルや自分の顔(デジタル顔ハメ!)を持つ縄文人が集落ジオラマ内を動き回る楽しい映像など体験型の展示がより興味を深めてくれます。

 織物については特に目新しいものは感じられませんでしたが、展示がとても見やすくなりました。 

 旧博物館時代から感じてはいましたが、戦後の十日町市の経済を牽引したきもの産業についてもっと画像や映像を使った展示がなされてもいいと思います。かつて十日町市の出荷額の80%近くを占め、1976年には580億円(現在価値では1千億を超えるのではないでしょうか)の出荷額を記録した前後の時代についての展示が少ないと思います。かつて数百人規模の会社が何社もあった、という織物の産業史的一面が現在の展示からは殆ど感じられません。 一業界の歴史とはいえ、十日町市の大切な歴史の一コマです。現在80代・90代の方がその当時をよく知っている最後の世代でしょう。個人的に所蔵されている写真や映像などを提供していただき、その時代の研究と展示を望みます。

見通せない時代だからこそ、里山求め

憧れの三世代

2020.10.17

経済地理学博士・清水 裕理

 雪深い冬が終わり、裏庭の林にコブシや山桜、カタクリの花が咲き乱れる頃、小学校の運動会に家族総出で出かける。おじいさん、おばあさん、若夫婦に子供たちの三世代に奥さんの両親…大勢でグランドにシートを敷いて、わいわいと楽しそうにご馳走を囲む…。

 コロナ前、或いは数年前の当たり前の雪国の農山村の風景だ。

 農山村では生涯を元気に過ごす人が多い。そこには年齢に応じた活躍の場がある。高齢になっても、枯れ草のそうじ、なめこの収穫、山菜の処理など、家や田畑や林を守るため、力仕事は機械化も進み若夫婦に譲るが、あらゆる仕事がある。

 私の父も、定年後に東京から離れた里山で過ごすようになり、まさにそのとおり、自身はたいへんと言いながら、東京にいる時より生き生きと元気で過ごしている。

 大家族では、忙しいと嫁姑問題も少なくなり、つらいときは、あうんの呼吸で家族全員が協力し合う。若夫婦が勤めで日中いないときは、子供たちと一緒に田んぼに出たり、地元の料理をつくったり、伝統の祭や神楽や歌舞伎の文化を伝授したり。子供たちも小さい時から、それらを自然と身につける。

 里山には広い土地があり、平屋の一つ屋根の下、大家族で暮らすことができる。

 ちなみに、十年前、全国で三世代世帯の割合が最も多い市町村は山形県鮭川村で、全世帯の43%だった。

 それをよくない慣習からと言う人も中にはいるが、鮭川村で会った働き盛りの男性は、「ここでは大家族が多いのは当たり前。それが楽しいし有効なのだと思う」と語った。

 少子高齢化などの問題が叫ばれる昨今であるが、元気なおじいさん、おばあさんが多く、子供たちに知恵と文化を伝えている…それが幸せな地域の情景だと思う。

 コロナにより、東京を離れ里山へ移住を希望する人が増えているという。リモートでの仕事が可能となり、それならば密でない自然に囲まれた環境で生活をしたいと考える人はこれから少しずつ増えるだろう。先が見通しずらい時代だからこそ、家族や地域との絆があらためて重要となってくる。

 幸せな地域の情景に憧れ、それを地域とともに描くことができれば、夢があり素敵なことだと思う。

「空家バンク全国交流協会」

晩夏の夜話し

2020.10.10

秋山郷山房もっきりや・長谷川 好文

 暑い夏の頃に友人がやって来て、長く逗留した。彼は夏を引きつれて来た。その夏に私は当たってしまった。

 「だからさ、どこか良いところを探して、夏の間は引っ込むのだよ」

 「涼しい、ここに来ているじゃないか」

 「でも、つまらなくないかい?面白みがない」

 「どこに行ったって同じだろう、直ぐに飽きる」

 「だから、海とか高原とか温泉が近くにあって、こう清々しくて何処かにありそうだがな…」   

 「君、金はあるのかい」

 「金があれば何でも出来る、それじゃ面白くない。だから知恵を絞ってるんじゃないか」

 「そりゃちょっと俺たちは十分な年寄りだしな。映画のようには行きゃしないさ。この辺りではどんどん人口が減って、空き家が増えて行くばかりなんだゼ…」

 「東京の世田谷だって空き家は増えているんだよ。どうなってるのかね、今時の奴ら」

 彼の話す、温泉やら海の見えるところでの暮らしは、きっと残りの人生の中で記憶に残るものになるなと頭の遠いところで感じた。

 「でも君は酒も飲まないのだし、どこにいたってテレビを見ているだけじゃ、同じじゃないの」彼はお茶をすすって…

 「それが違うんだよ。例えば散歩に出る、他人とすれ違う。小さく挨拶をする。そんなことが嬉しいじゃないか、街じゃそうはいかない」

 「そんなものかい」

 「いや、分かりゃしないけれど、そう来なくっちゃ面白くない」

 外に出て、帰って来た彼は、何かを思いついたように身を乗り出した。

 「俺は思うんだよ。地方の自治体がさ、空き家を管理して貸し出すんだよ。するとだな、1年は海辺で暮らし、次の年は雪国を体験したりしてさ、現代人の新たな老後の過ごし方を作るんだよ。暮らし方革命だな、地方の役人に、そんなことを企画する人間がいるかね」

 「いや、いないだろう。思ったとしても動けないだろう」

 「そうだろうな、どこかの企業がやりそうなことだし、うっかり乗ったら奴らの算盤の餌食だ。直ぐに金が底をつくしな。でも面白いのにな〜、俺たちはローンも終わっているし、そこそこに余裕もある。子は、出来は悪いが自立もしてるのだし…」

 「それはそうだ、だから通販で膝だ腰だと要らんものを売りさばくのだ。効きもしないものまで。それなら空き家バンク全国交流協会でも作る方が面白いな。今度、偉い人に耳打ちでもするか」

 「おいおい、そりゃ止めた方が良いよ。君はお茶を渡されてする会議には向いていないだろう、そうじゃないかい」

 「ごもっともだ!」

 話はここまでだろうと沈黙が訪れて、一杯飲んで二人して少し笑った。

多くの被害と犠牲、やっと方向転換か

皆で参加、河川防災

2020.10.3

清津川に清流を取り戻す会・藤ノ木信子

 日本は地震・台風・火山と災害の多い国で、国民は建物も田畑も被災するたびに努力して復興することを求められる。菅氏は総裁選の時「国の基本は自助・共助・公助」と言って総理大臣になった。いやいや、災害は自助や共助で乗り越えられないよ、国が命や暮らしを守る行政をしないと…次の世代には安泰な世をと思えど私的には「ダメだな…政治家も官僚も大企業も税金を食い尽くすイナゴの群れみたいで、この国の民主主義はかなりマズイな…」と諦めが混じっていた。

 そんな中、以前いろいろ教えて頂いた河川行政に詳しい弁護士の西島和さんが「日本の堤防はなぜ決壊してしまうのか」という本を出されたので読んでみた。治水には溜める対策(ダム)と流す対策(堤防強化)があり、お金は無限にないので優先順位をつけることが必要。ダムの効果は限定的で費用は莫大。一方で日本の堤防はほとんどが土饅頭で脆弱なため、洪水時に溢れた水が堤防の外面を削って決壊する。溢れる場所はある程度予測できるので、溢れても決壊しないようにその部分を強化することが必要で比較的安価。

 しかし、局面に応じて研究実施されていた堤防強化は何故か2002年に研究自体が消されてしまった。堤防強化するとダムを建設する理由がなくなるからである。この頃から命を守るという目標よりダム優先の河川行政となり、国民の権利が排除されパブリックコメントもヒアリングも形骸化されて「お願い」でしかなくなる。

 ここまで読んではっと気付いたのだが、旧中里村が国直轄事業の清津川ダム建設計画に反対し、中止答申が出たのが2002年だった。当時、反対派はダムの効果は下流では極めて小さく、堤防強化が有効だと主張した。私たちが署名を集めたり専門委員会で意見発表したことは小さな力でしかなかったけど、ダム推進派にとっては二度と踏みたくない轍となり、後の河川行政に影響を及ぼしたのではないか。

 あれから15年以上も堤防強化は治水工法から外され、その結果が鬼怒川や肱川での水害ではないか…最近、毎年のように相次ぐ豪雨災害でさすがに国交省の政策が変わり始めた。長野県須坂市の千曲川破堤現場では対越水堤防の工事が進められている。多くの被害と犠牲を払ってやっと方向転換のきざしだ。この本では意思決定の初期段階で権利としての国民参加を認めることで、よりよい決定ができると説いている。そう、この国の民主主義に足りないのは権利だよ。もっとみんなで参加しよう。

「アベ政治継承」はコロナ以上の危機

菅政権スタート

2020.9.26

自由人・斎木 文夫

 9月16日に菅内閣がスタートした。新首相は「安倍政権を継承する」という。安倍政権による「アベ政治」とはなんだったのか。それは、一面から見ると「不祥事と隠蔽」の7年8か月ではなかったか。その不祥事を年表にして、ネットに上げている人たちがいる。一部を抜き出してみる。

 ・2013年9月、五輪招致プレゼンで安倍首相が福島第一原発汚染水について「アンダーコントロール」と発言

 ・同年12月、特定秘密保護法を強行採決

 ・14年10月、小渕経産大臣が違法献金で辞職

 ・同年同月、松島法務大臣が「うちわ問題」で辞職

 ・15年7月、安全保障関連法案を強行採決

 ・16年1月、甘利経済再生大臣が「口利き」疑惑で辞職

 ・17年2月、森友学園問題発覚

 ・同年4月、今村復興担当大臣が辞職

 ・同年5月、加計学園問題発覚

 ・同年7月、稲田防衛大臣が南スーダンPKO日報隠蔽問題で辞職

 ・19年4月、桜田五輪担当大臣が辞職

 ・同年11月、「桜を見る会」問題発覚

 ・20年4月、新型コロナ対応で布マスクを全世帯に2枚配布と表明

 ・同年5月、黒川東京高検検事長が賭けマージャンで辞任

 ・同年同月、持続化給付金事業の「電通」中抜き疑惑

 ・同年6月、河井前法務大臣、案里参院議員の夫妻が逮捕

 紙面の関係で、詳細や他の不祥事について書けないのが残念だ。

 これらは、「安倍一強」体制で、官僚の忖度と与党議員の思考停止が起き、権力のおごりと私物化が形になったのだと思う。

 安倍首相は、不祥事のたびに、「責任は私にある」、「真摯に丁寧に説明する必要がある」と繰り返した。しかし、責任は取らず、説明をしたこともなかった。それで押し切れたのは、野党の力の分散と国民の「忘れっぽさ」のせいだろう。

 菅氏は官房長官としてこれら大小の不祥事の全てに関わり、国民に発表・説明してきた。記者会見では「問題ない」、「その指摘は当たらない」、「あなたに応える必要はない」を連発し、安倍首相同様に国民に寄り添う態度ではなかった。これがまた続くのか。

 菅首相は数々の不祥事について再検証するつもりはないという。「菅氏によるアベ政治継承」はコロナ以上の危機と言わざるを得ない。

語り継ぐ戦争体験、語り継ぐ難しさ

長崎のAさんの体験

2020.9.19

元ゆずり葉編集委員・松崎 房子

 8月9日、仲間入りしている九条の会の、年度総会で閉会の挨拶に立った世話人(Aさん・女性)が、「今日は私にとって大きな意味のある日です」と切り出した。長崎に原爆が投下された日。5年以上付き合っているのに初耳だった。もっとよく聞いてみたいと思ったがその日はそのまま終わった。8月20日、月一の定例学習会にAさんの話を聞く事になり、最年長の私にも体験談を語って、と言われた。聞いてくれる人があることは嬉しい。

 Aさんは長崎出身で原爆投下当時は平戸近くの島に疎開をしていて長崎にはいなかった。昭和18年生まれで3歳位だったのであまり覚えていないと言いつつ、当時の長崎の地形や主要な建物の事など話した。彼女にとって一番強く記憶に残っているのは、著書【長崎の鐘】を残された永井隆博士の事やそのお子さん方の事だった。

 年齢も近いので学校では先輩後輩という関係であったようだ。白血病に侵され余命少ない博士が病気と闘いながら、被爆者を支援し続けた事や近所の人が、小さな住まい「如己堂」を建ててあげたとか…断片的だった。最後はもっとよく聞いておけばよかったと締め括った。

 次は私の番で、昭和15年生まれの5歳の時に敗戦だったこと。3歳の秋口から4歳夏まで満州に行っていた事があり、19年春先に父の部隊はどこかへ転戦した。戦後2年近くたって沖縄で戦死したと知らされた。役所へ遺骨を受け取りに行ったが、その中には石ころしか入っていなかった事、かろうじて記憶に残っていることを語った。

 当時の満州ではハルピンやら長春に行っていた人は多いが私共が行っていたのは、ハイラルといいモンゴルに近い程奥地だった。父が転戦前に手配をしてくれた船で19年8月に何とか帰国出来たが、そのあとでは残留孤児になっていただろう。戦後の暮らしも戦中以上に苦しかった事は省略した。

 聞き手は戦後派とはいえ60代後半の人たちだ。

 結婚後、十日町へ転居し、十日町公民館で太平洋戦争の講座に参加し、後学習を続ける若者たちの仲間に入れてもらった事。その仲間と沖縄戦跡巡りをしたことや、その後ミニコミ誌活動で戦争体験をまとめた事等々話した。

 戦争当時の話は母に折に触れて聞いたつもりだが、話したくない時期の方が長かった。私も聞いてはいけないような気がしていた。語り継ぐのも困難がある。

小中一貫・中高一貫・特別支援・小中高、多彩な妻有に

津南中等教育学校を考える

2020.9.12

会社員・村山 朗

 先週の本紙1面で取り上げられ、卒業生の寄稿も掲載された県立津南中等教育学校の閉校問題、ここ3年は募集定員の半分しか志願者が集まらず、募集停止との県教委の決定がなされました。(すぐに覆されましたが)春先には難関校に複数の在校生が合格し「ほーっ、津南中等もやるなぁ」と思った矢先でしたので何故だ!と思いました。

学校教育の目的が難関校に入学させることではないのは重々承知ですが、意欲溢れる地元の子どもたちの進学先を減らすのは本当に勿体ないことです。 

 子どもたちの意欲はもちろんのこと、それに応える教職員の皆さんの努力も並々ならぬものがあるのでしょう。本紙の報道によれば定員割れは5年前から続いていたようですが、入学する子供たちの約8割は妻有地域からです。十日町市は小中一貫教育を推進していて、その影響が出ているのではないかとの見立てもなされていました。筆者は津南町民ではありませんが、津南中等の英語教育を重視する教育方針には共感を覚えます。全くの私見でありますが、津南中等を閉校した場合の県の経済的な利点はどこにあるのでしょうか。

県内の公立学校の教職員は、政令指定都市の新潟市立の学校を除いてすべて県の費用で賄われています(学校の管理運営は各自治体)。つまり県立の津南中等を閉校して県が得られる経済的な利点は、たぶん建物の管理費用と管理職教員の人件費でしょう。仮に津南中等の生徒が地元の中学校や高校に通うにしても、その人数分の教職員の経費はかかります。

 教員異動の新聞報道を見ても、市立学校と県立学校の相互異動は普通に行われています。十日町市の小・中学校も統合が進められているようですが、かなり小規模な学校も存在します。妻有地域の子どもたちに、小中一貫校、中高一貫校、特別支援校、従来型の小・中・高校など選択肢があるということは素晴らしいことです。

 津南中等の生徒の半分くらいは十日町市から通っているのですから、十日町市も市の方針から外れるから駄目だ、などとは言わずに、本気で存続に力を入れてもらいたいと思います。

少子化で仕方がないと紋切り型の理由で切り捨てるのではなく、少子化だからこそ、子どもたちの適性に合わせ複線化した教育に力を入れ、一人ひとりの能力を引き出す必要があるのではないでしょうか。同様の立場にある佐渡中等教育学校は、今春募集定員が半分の40人に減りました。地元の知恵と熱意が試されています。

AI通報、経験豊富な人の判断も

9月の嵐に備えて

2020.9.5

経済地理学博士・清水 裕理

 9月となり、少し暑さが和らぐ日がでてきました。しかし、これから、特に9月のお彼岸の頃、夏の疲れがたまり、同時に冬に向けて体調が変化するため、用心しなくてはなりません。今年は未経験のコロナ禍における緊張も続いています。

 さらに、9月となり、安倍首相の辞任で、政局に嵐がやってきました。本当の嵐、台風も既に日本列島に接近しており、大きな被害にならなければと、心配されています。

そのため、年々、危機管理の重要性が叫ばれるようになりました。避難指示が出たら、或いは避難指示が出る前でも〝適切な判断と行動を〟ということだと思います。

避難指示が出されるタイミングは、以前より早まっているように感じます。何かあってからでは遅い、予測できないこともあると、早めに避難指示が出される傾向にあるのだと思います。

 さらに、最近は、避難指示などの判断をくだすのが、人から機械に置きかわってきています。それにより、どのような変化が起きるでしょうか。 例えば、今までは、実際に人が河川の近くに行き、状況を確認していました。洪水の恐れがある時など、危険な状況を目の前にすることもあったと思います。

 それがカメラやセンサーやAIなどの機械に置きかわると(全国全ての現場で置きかわるのは時間がかかりますが)、確認に行く際の危険は減るものの、経験豊富だった人のその場での判断を機械が上回ることは、専門家に聞いたところ、まだ難しい点があるとのことでした。

 機械においては、確実性を担保するため、避難指示などを出す基準の範囲が広めに設定されることが考えられます。

 近年、災害につながる自然現象の数が増え、それも観測史上最大級といったニュースが続いています。警戒を怠たならない心構えが求められ、そして、前述のように、早めに情報が伝えられ、機械の影響もあり、災害情報に接する頻度が高まるでしょう。

 スマートフォンの通知機能を使っていれば、通知が朝も昼も夜も、食事中や仕事中も、日常当たり前にやってくるようになるかもしれません。

 そもそも、災害がなぜこれ程に増えているのかという問題がありますが、今を生きる私たちは、これが世界的に起きていることを把握しつつ、正しい判断・対応を行っていくことが、より重要になってきていると思います。